研修事業

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 昭和33年の学習指導要領の改訂により、授業時数の確保と教職員の研修活動との関係を学校経営上からも調整し、構造化する必要に迫られた[注釈20]。
 そこで区教育委員会は、主管する研修について考察を加え、各学校・園の自主的研修の推進を図るとともに、港区教育研究会の活動、都指導部、都立教育研究所の研修事業が学校経営の中に関係づけられるように構造化し、研修活動の合理化を図った。昭和39年度に新しい試みとして「合同研修の日」を設け、毎月第2水曜日の午後は、区内の全教職員が学校を離れて研修する日とした。区教育委員会主催の研修会や港区教育研究会の研究活動などもこの中に位置づけられたのである。
 こうした合同研修の日の設定は、毎月の第1・2・3水曜日は学校外行事も少なく出張も最小限にして全員揃って職員会議や校内研修が行えるような時間を確保するようになった[図27]。
 授業時数の確保についてこの年の実績をみると、小学校においては最低時数を確保することは可能であるが、中学校においてはなお努力を必要とすることが判明した。昭和40年の区教育委員会における学校教育の重点目標に、研修活動の合理化が挙げられている。授業時数の確保の困難性は、教職員の学校を離れての研修にだけその責めを負わされるものではなく、それも一要因と考え、まず授業を優先し、児童生徒に接し、自分の授業を内省したり、職員室の教育話題を考え合い確かめ合う中にも研修があり、更に、各自が研修してきたことを紹介したり、聞きとったりする活動が研修となることが見直された。
 昭和40年度には、新しい試みとして「金曜講座」が設定されている。隔週金曜日の午後4時30分から6時まで、区内教職員の希望者参加の研修講座が年間25回開催された。参加者の中には研修会終了後も更に時間を延長して自主的な研修を行うこともあった。
 昭和41年度・42年度も日常の教育活動と研修の一体化が課題であった。そのため、各校がそれぞれの学校に即した研究を校内において自主的に進めることを奨励し、区教育委員会は各校が設定した主題の研究を指定し、それに要する経費を補助している。研究成果がみられたところで、発表の機会がもたれるようになっている。
 昭和41年度には年間6回、土曜の午後に教養講座を開催し、教職員の希望者に研修する場を提供している。

[図27] 合同研修会場(『学校教育指導要覧』昭和39年)