(1) 平成期の日本の教育概況

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 第7章では、1980年代後半から2019年にかけての教育史を論じていく。1989年1月から年号「平成」の使用が開始されているため、対象とする期間は、ほぼ平成期に重なっている。この時期は、日本の社会状況自体も大きな変動期であり、それに伴って教育行政の仕組みも大きく改革されることになった。章タイトルを「生涯学習の時代」としたのは、日本の教育行政全体が、「生涯学習」という新たな概念によって再編されているためである。「生涯学習」自体は第7章第8節で扱っているが、第8節の記述量が他項と比較して膨大なものとなっているのも、平成期の公教育における生涯学習の比重が飛躍的に高まったことを示唆しているといえるだろう。
 まず、平成期の教育の概況について俯瞰しておこう。歴史学研究において、平成期はしばしば新自由主義の時代として描かれる。
 日本の学校教育に即してみれば、新自由主義の論理が準備されたのは1980年代前半の臨時教育審議会においてであり、従来の学校教育を「画一主義」として批判し、個性主義の教育を理想として、地方分権と規制緩和により、教育の自由化と市場化を推し進める改革を90年代半ば以降、本格的に展開することになった。
 小学校、中学校についていえば、平成期に本格的に民間事業者が参入する事態には至らなかったが、民間経営手法を駆使して公共サービスの質向上を図る「ニューパブリックマネジメント(NPM)」の導入により、学校教育は恒常的に教育改革を遂行することになり、「教育サービス」としての充実を図ることとなる。また、教育をサービスの一環と見なす考え方が国民にも浸透する中で、より充実したサービスを求めて私立学校進学を検討する保護者が増加し、私立学校もそうした教育熱心な保護者の教育欲求を満たす改革を遂行することになった。
 さらに新自由主義改革は、教育現場で働く者の労働条件にも大きな変化をもたらしている。労働規制緩和により、学校・図書館といった教育施設でも多様な形態で雇われる労働者が増加する。労働者側からすれば多様な働き方が可能になるメリットと同時に、不安定雇用の増加というデメリットを伴っていたことはすでにしばしば指摘されてきた。
 平成期の教育は以上のように大きくその姿を変えていくことになったが、最も大きく発展したのが生涯学習分野であろう。比較的法規制の少ないこの分野において、多くの民間事業者が指定管理者制度などを用いて教育サービスに新たに参入することが可能になるとともに、NPO団体やボランティアの広がりと相まって、多様な教育サービスが行政によって新たに提供されることになったのだ。
 以上のような改革は、地方分権改革により基礎自治体の主導によって行われ、自治体の創意工夫の余地が高められることになった。平成期はそれ以前の時代と比較して、総じて、公教育における自治体行政の存在感が飛躍的に高まった時代ということが可能である。
 以上のような時代の思潮の中で、港区の教育がどのように発展を続けることになったのかが本章の叙述するところとなる。