安政5年(1858)に福澤諭吉が設立した蘭学塾が母体となっている。慶応4年(1868)に芝新銭座(しんせんざ)に移った際に「慶應義塾」と命名し、明治4年(1871)に現在地の三田に再移転している。明治23年、法律・文学・理財の3科からなる大学部を開設、明治31年に幼稚舎、普通部、大学部からなる16年の一貫教育の課程を確立した。大学令により大正9年(1920)に旧制大学となり、戦後に文・経済・法・工・医の5学部で構成される新制大学となった。平成20年(2008)、区内にある共立薬科大学を合併して薬学部を新設している。令和元年度(2019年度)現在は、10学部14研究科によって構成されており、全学部の定員は2万6160人(うち三田キャンパス9200人、芝共立キャンパス930人)、大学院では5463人(うち三田キャンパス2003人、芝共立キャンパス109人)である。
キャンパスは、信濃町、日吉、湘南藤沢と拡張をしていったが、三田を本拠とし、卒業生の各種同窓会は「三田会」と称している。地域との連携事業としては、芝地区総合支所との連携として「芝の家」を拠点とした地域力再発見事業や「ご近所イノベーション学校」など、人と人との連携を生み出す場の運営を複数実施している(第5節第1項「大学連携」を参照)。
関連資料:【文書】私立・諸学校 慶応義塾
関連資料:【学校教育関連施設】