東京大学大学院教育学研究科教授 小国 喜弘
本書は、東京都の中でも常に教育の先進地であり続ける港区の教育の歩みと、その背景にあるそれぞれの時代の生活とを、目次に見るような14章構成において主題ごとに整理して展開している。
本書刊行の経緯について説明しておこう。『港区教育史』が最初に刊行されたのは、昭和62年のことであった。新たに刊行する『港区教育史』(以下、新教育史)は、区政70周年を記念する事業として計画された。編さんの基本方針として、従来の『港区教育史』(以下、旧教育史)の内容の校訂を行うとともに、昭和末期から平成期にかけての教育史を新たに執筆することとなった。
すでによく知られているように、この旧教育史から新教育史が編さんされるまでの約40年の間には大きな社会変化があり、その中で港区立の幼稚園や小・中学校についても変動があった。新たな幼稚園や学校も設立されたが、他方で、統廃合の対象となり、明治以来の歴史を持つ伝統校がその幕を下ろした例も少なくない。そこで、土方苑子東京大学名誉教授(当時編さん委員長)の発案により、新教育史編さんに当たっては、港区内の小・中学校に所蔵されている史料を調査するところから始めることになった。土方先生をはじめ本書の執筆者たちは、分担を決めて港区立の小・中学校を回り、史料の確認に努めることとなった。ほこりをかぶったまま学校の片隅に眠っていた史料群は、明治以降の港区の公立学校の歩みを私たちに雄弁に語りかけてくれた。必ずしも旧教育史には記載されていない事実も数多く明らかになってきたし、また当時の子どもたちの様子を表す貴重な史料も多かった。
ただし、旧教育史部分については校訂にとどめて新教育史を作成するという編さん方針上、新たに発見した事実を新教育史に生かすことは困難だった。貴重な史料調査の成果をぜひ区民の皆様に還元したいという思いから、これら新たに発掘された史料を中心として、『港区教育史』の第11巻として「くらしと教育編」の刊行が決定された。
本書の刊行をもって、『港区教育史』の編さんは完了することとなる。本書をはじめとする『港区教育史』が、港区民が自らの生育歴を振り返るよすがとして、また区の教育のあり方について考える素材として、さらには次代を担う子どもたちが教育について考える教材として活用されることを願ってやまない。
最後に、土方苑子先生は不意の病に倒れられ、平成29年10月29日、帰らぬ人となった。倒れる数日前まで、本書の各章の執筆者らと港区内の学校に熱心に史料調査に出かけられていた。本書は、土方先生がその完成を何より心待ちにされていた一冊である。この場をお借りして本書の完成を土方先生にご報告し、ご冥福を祈りたい。
令和5年3月