華美な服装の禁止

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前項で「学校での児童の服装が親の社会階層や権勢を示した」ことを指摘したが、学校は、児童に華美な服装をさせる風潮を問題視していた。
 日本古来の風俗として、子供にはなるべく綺麗なものを着せる、そして可愛らしいのを喜ぶと云ふやうであるが、此れがやがて小学校の生徒に美服を着せ、甚しいのはお白粉をつけたり紅をさしたりするやうになつた始めである。然し子供に綺麗な衣服をきせると云ふ事は其の品性を陶治(ママ)する上に大なる障害となるのである。(『学校家庭通信』第92号、明治44年)
父兄懇話会などでも、子どもに贅沢な服飾品や学用品を与えないよう、学校は保護者に釘を刺した。また逆に、家庭が学校に要望を出すこともあった。ある保護者は、「成し得る限り質素の風を養成せられたし。これ華美を喜ぶは女子の天性にして、自然他を羨み、父兄としては大に困却する」(『学校家庭通信』第7号、明治36年)と述べ、学校で「質素倹約」を教えるよう要請した。