佐伯は、東京市直営小学校での栄養パン給食に先立ち、警視庁の協力で児童の弁当の栄養調査を実施したが、同じ頃、港区域の小学校でも、学校医が弁当を調査している。大正2年(1913)、台町小学校校医の高井元之助は、児童の「弁当しらべ」を行い、その結果を学校報に掲載して家庭に知らせた。高井は、「人間一日に必要な栄養量、栄養物」など栄養学の知識を説明した上で、年齢別に必要な弁当の重量と所要カロリーを示し、実際に児童が持参している弁当量と比較した結果を、次のように述べている。
爰(ここ)に於(おい)て調査いたしました学校弁当重量の割合を見ますと、男生(ママ)では第一学年が量が少いように思われ、女生(ママ)では一般に各学年とも少々量がすくないようであります。ことに発育の最もさかんである第五、第六学年の女生はことに少量過ぎるかと思われます。これ一つは食事時間に長くかかることを恥じる悪い習慣から来て居ると思われます。食事はゆっくりと充分に食物をかんで、愉快に済ます習慣をつける様に、家庭と学校とで相俟(あいまっ)て改めたいと切望いたします。(高井「児童の弁当しらべ」)
栄養学の佐伯と同様、高井も医学者として、子どもの身体「発育」の観点から食事の改善を家庭に求めた。ここでの家庭は、身体の知識も栄養の知識も乏しい、啓蒙(けいもう)すべき対象ととらえられている。
関連資料:【文書】台町小学校校医による児童の食生活調査