まとめ

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以上、南山幼稚園と東洋英和幼稚園の園日誌から、戦中と戦後の様子を見てきた。時代が違っても子どもたちの笑顔や天真爛漫(らんまん)な姿が園日誌からもうかがえる。
しかし、両園とも時代に翻弄されて、戦争を肯定的に教えなければならなくなった。時代の流れだったとはいえ、戦争を肯定賛美するようなことを教えていたことは、教育指導の責任の重みを感じるためにも、われわれの記憶にとどめるべきであろう。戦後は南山幼稚園も東洋英和幼稚園の功刀嘉子から新しい時代の幼児教育を学び、「人格の完成」を目指す教育へ再スタートを切っていった。


(1)  『港区教育史』第5章第4節p. 201
(2)  『港区教育史』第4章第5節p. 214
(3)  『東洋英和幼稚園八十年の歩み』平成6年、p.6
(4)  『港区教育史』第4章第5節p. 211
(5)  『東洋英和幼稚園八十年の歩み』p. 64
(6)  宮崎千恵子「母校幼稚園に勤続十二年間の回想」『東洋英和幼稚園八十年の歩み』p. 65
(7)  『東洋英和女学院七十年誌』昭和29年、p. 51
(8)  宮崎前掲文、p. 67