四月試驗
南佐久間町二丁目十四番地
元成長男
上等八級生徒 土 屋 元 策
○風ノ說
蓋シ風ハ空氣ノ流動ヨリ起ルモノニシテ其空氣ノ流動タルヤ大陽地球上ノ一點ニ直射シ其處ノ空氣忽チ日熱ノ爲ニ膨張シ雲際ニ飛散シ缺乏スルニ因リ他ノ空氣其缺乏ヲ補充セント欲シテ流動スルヨリ起ルモノナリ假令バ盥中ニ水ヲ入レ其中央ヲ口ニテ吸フトキハ其處ノ水缺乏スルモ忽チ近傍ノ水流動シ來リテ塡充スルガ如ク其處急ニ缺乏スル水ハ流動モ亦隨テ急ナラザルヲ得ザルナリ故ニ夏日太陽北半球ヲ直射スレハ南風來リ冬日太陽南半球ヲ直射スレハ亦北風ヲ起スモ皆此理ナルヘシ
芝森本町一丁目九番地
山口縣士族定誠長女
下等二級生徒 兼 常 登代子
十二年四ヶ月
○上野公園ニ遊フ記
餘曾テ友人ト上野公園ニ遊ブヤ其日天晴風和シ衆客群集シ仰テハ紅白ノ花ヲ見俯テハ不忍ノ池ニ臨ム友人ヲ誘ヒテ遊ブ者モアリ人管絃ヲ弄スレハ花舞鳥歌既ニシテ晩鐘樹間ニ聞ユ炊烟花姿ヲ抹ス相攜シテ而シテ歸ル
本芝四丁目二十六番地
青森縣士族安衡二男
下等二級生徒 中 里 秀 男
十一年三ヶ月
○兄ノ安否ヲ問フ文
以寸紙奉申上候温暖之時候ニ御坐候處貴兄愈御多福被爲入候哉御安否伺度候當地御兩親樣始メ皆々無異消光仕候間御安心可被下候右時候御起居伺之印迄ニ當國名產多摩川鮎一箱進呈致候頓首再拜
櫻川町十番地
永保長女
上等第七級生徒 楳 田 美智子
十四年
○異日賢愚ハ母ノ教ノ良否ニ因ル
人ノ性素善ナリト雖モ幼稚ヨリ母ノ教ノ良否ニ因テ賢愚ヲ生シ之カ爲ニ不良ニ陷ル者少シトセス故ニ人ノ母タル者淵氷己レカ身ノ行ヲ正直ニスヘシ己カ行狀ノ賤悪ヲ省ス子ノ無狀ヲ戒ムルトモ何ソ其戒ヲ聴ヘケンヤ故ニ勉メテ其身ヲ正直ニナスヘキト人ノ母タル者ノ專務ナリ何トナレハ幼童ノ時ハ恰モ草木ノ芽ニ等シク曲直自由ナルヲ以テ唯ニ培養者ノ力ニ依頼シ其懇否ヲ仰キ茂枯スルノミ由是觀是異日ノ賢愚ハ其母ノ教諭ノ有無ニ因ル彼孟子ノ如キ百世ノ師トナルハ果シテ誰ノ力ソヤ皆其母ノ教諭ニ由ルニアラスヤ孟子素怠惰ノ人ナリシヲ其母子ノ學サルヲ怒リ當テ其機杼ヲ斷ツ孟子此ニ大ニ感スル所アツテ始メテ其不勉ノ利ナキヲ覺リ奮然トシテ以テ文ヲ學ヒ遂ニ鴻儒大賢トナリ其名ヲ後世ニ轟カス蓋シ各人皆天資ノ學才ヲ備フト雖モ生ナカラニシテ何ソ學ヲ知ラン皆其母ノ心意ニ出故ニ其母タル者混沌無智ノ幼童ヲシテ修學セシメ始メテ其天賦ノ智ヲ開發シ俊邁剛毅ノ人トナルヘシ然ルトキハ老テ後優遊自適シテ以テ歳月ヲ送ルコトヲ得ヘシ嗚呼壯年ノ時ノ積勞老テ其功ヲ現ハスコト判然タリ矣
櫻田兼房町十七番地
政好弟
上等七級生徒 和 田 萬 吉
十一年九ヶ月
○我國ノ古今時勢ヲ論ズ
曾テ皇土ノ古今時勢ヲ察スルニ太古ハ其事跡甚ダ分明ナラズト雖モ人代ノ祖神武天皇ニ至リ〓賊長髓彥等ヲ滅シ初メテ海内ヲ統一シ都ヲ橿原ニ移シ政令簡易民皆其恩徳ニ感ス降テ中古ニ至リ法令弛廢ニ屬シ賊臣曾我氏大ニ權ヲ掌握專弄シ王權日ニ衰フ然ルニ天智天皇未ダ帝タラザリシ時之ヲ誅シ再ビ王權ヲ張ル又降テ聖武天皇ニ至リ僧弓削道鏡天皇ニ諛ヒ大ニ國勢ノ光榮ヲ削ル忠臣和氣清麿大ニ之ヲ悲歎シ且ツ怒リ且ツ慨シ困難辛苦シテ遂ニ之ヲ亡シ又王權ヲ復ス而シテ源平氏ニ至リ互ニ相排撃シテ數百年ノ久シキニ及ブ源平氏亡テ北條足利等王權ヲ專ニシ爾後戰國ニ至リ四分五裂シテ英雄各地ニ割據シ將ニ王政地ニ落ントス織田豐臣兩氏是ヲ輔クト雖モ其實ハ王権ヲ竊攘スルノミ尋テ徳川氏ニ至リ封建ノ制ヲ用ヒ大ニ威權ヲ主張スルモ此ノ數百年今上天皇ニ至リ王政ヲ一新シ封建ノ制ヲ廢シ徳川氏ヲシテ政權ヲ致サシム爾後日ニ國勢ヲ振肅シ文易ヲ盛大ニシ海陸軍ヲ設ケ以テ不虞外犯ニ備フ又大小學校ヲ築立シ戸々無學ノ人ナカラシメントス何ゾ其レ仁徳ノ厚キヤ
櫻川町五番地
長照長女
上等七級生徒 坂 部 古滿子
十三年
○親恩忘ル可カラサルヲ論ス
世ニ四恩アリ曰ク皇恩曰ク親恩曰ク師恩曰ク友恩今其親恩ヲ論セン抑モ父母ハ其子ヲ幼稚ヨリ覆育シ稍々年長シ菽麥ヲ分ツニ至レハ學校ニ送リ以テ人顏獸心ヲ免レシメントス其覆育ニ心ヲ用ユルヤ冬日沍寒ノ候ニハ暖ナル衣服ヲ以テ子ノ身ヲ覆ヒ以テ温ヲ與ヘ夏日炎威ノ候ニハ薄キ衣服ヲ以テ赫勢ヲ避ケシム其幼ヨリ生長ニ至ル迄ノ教育山ヨリモ高ク海ヨリモ深シ世ノ人タルモノ宜ク其浩恩ヲ心膽ニ銘シテ一妙時間モ忘ル可カラス烏ニ反哺ノ恩アリ鳩ニ三枝ノ禮アリト夫レ飛鳥ニシテ斯ノ如ク然リ況ンヤ人ニ於テヲヤ世ノ論者或ハ美味麗衣ヲ進ムルヲ以テ孝養ノ極リトナス豈ニ誤マレルノ甚タシキ者ニアラズヤ先哲曰スヤ有酒食先生饌曾以是爲孝乎ト彼ノ美味麗衣ヲ進ムルノ如キハ孝ノ尾末ニシテ勉强勤學ハ是レ孝ノ根本ナリ故ニ妾モ學業ヲ勉勵シ以テ親恩ノ萬分ノ一ヲ報セント欲ス矣
(鞆絵学校資料『學庭拾芳錄』第二五・二六号)
【付記】明治十年に鞆絵学校の試験論文が、学庭拾芳録に収録され、冊子として発刊されている。試験の結果を論文として数多く掲載したものの中から抜粋した。議官秋月種樹が、学校が設けられ諸校の試験の進歩が著しく、府県各地の生徒がこの本を読み大いに語りあい激励したいと巻頭言に記している。