一、序 言
教育の對象は人であつて人は生物中最高のものであることは言を俟たないことであります。然るに教育の實際を通觀するに、人を取扱ふこと恰も器械の如く、知識の進歩發育の如きも、人爲的に作製することが出來るものゝ樣に誤解しつゝあるものもないでもありません。元來人の進歩發育は、他の生物發育に於て爲されると等しく宇宙大自然の理律に支配されるものであつて、殊に季節の影響によることが最も大なるものであります。然るに從來の教育は何等此點を顧慮することなく、纔に夏季中授業時數の短縮を爲すの程度を以て滿足して居りました。
斯んな事は卽ち教科の分量的變化のみで、未だ質的變化ではありません。現行制度に於ける夏期冬期休業の如きは、將來の教育上大に考慮すべきものと信じます。卽ち吾人は現今の學校教育をして、一層自然に順應し我が國土の實情を考慮し、以て教育教授の改良進歩を計らうとするものであります。卽ち我が帝國は氣候風土上から見るに、正に萬邦多く其の例を見ない處の樂土であつて、春夏秋冬四季自然の運行極めて順當で、盛夏と雖も未だ以て吾人は活動業務に絶對的に支障を來す樣なことは甚だ少いのであります。是れ吾人の大に着眼講究を要する點であります。
當校に於ては右の見知から、これを兒童教育の實際に試み、教育能率の増進を計らうと企畫した次第であります。
二、季節と教授時數
現行制度では夏期教授時數の短縮があり、始業終業の時間も夏と冬で、多少の差異がありますけれども、吾人は今一層これを徹底させ度いと思ひます。卽ち夏季に於ては休憩時間を延長し、教授時數を減ずべく、又氣候温和な春、心氣清澄なる秋に於ては教授時數を六時間乃至七時間に延長する必要があります。而して季節と兒童心身の狀態に適應する學科を配置するに於ては、何等の困難を感得しないでありませう。
三、實施狀況
我が校は右の主旨に基いて本年度から左の要項によつて實施することになりました。
1 實施學年 尋常科第一學年二組(男子)
2 實施期日 大正十年九月一日
3 教授時間配當表
尋常科第一學年
種別 學科目 | 現 行 制 度 | 新 教 育 法 | 増減比較 | |||||
每 週 教授時數 | 一年間 教授時數 | 每週教授時數 | 一年間 教授時數 | |||||
春 | 夏 | 秋 | 冬 | |||||
修 身 | 二 | 八〇 | 二 | 一 | 二 | 二 | 七七 | 三(減) |
算 術 | 五 | 二〇〇 | 五 | 二 | 七 | 六 | 二二〇 | 二〇(増) |
國 語 | 八 | 三二〇 | 八 | 五 | 一〇 | 七 | 三三〇 | 一〇(増) |
唱 歌 | 一 | 一四〇 | 一 | 一 | 一 | 一 | 四四 | 四(増) |
遊 戲 | 三 | 一二〇 | 四 | 二 | 五 | 三 | 一五四 | 三四(増) |
圖 畫 | 一 | 四〇 | 一 | 二 | 一 | 〇 | 四四 | 四(増) |
手 工 | 一 | 四〇 | 一 | 二 | 一 | 〇 | 四四 | 四(増) |
合 計 | 二一 | 八四〇 | 二二 | 一五 | 二七 | 一九 | 九一三 | 七三(増) |
右の表に基き秋の學期自十月 至十二月の時間割は下の通りあります。
4 研究考察事項
A 每月校醫をして文部省規定身體檢査表に基き所定の身體檢査を行ひ統計を作製す。
B 每月一回能力檢査を行ふ。
C 家庭に於ける狀況表を作製し學校教育の資料に供す。
D 每期左記要項に從ひ統計表を作製し普通學級と比較す。
a 季節及温度と知的教科との關係
b 季節及温度と技能的教科との關係
夏期教育の方法
(一) 學科擔任
訓 話 校 長
手 工 高 橋愛訓 導
體 操 福 田 訓 導
お 話 折 田 訓 導
唱 歌 新井、齋藤訓導
書 方 渡 邊 訓 導
圖 畫 宮 崎 訓 導
理 科 仲 田 訓 導
算 術 同
珠 算 同
讀 方 同
綴 方 同
主任 第四學年一組擔任 仲 田 訓 導
教授の效果を顯著ならしめんが爲め、且は兒童の倦怠を防止せんが爲めに、上記諸訓導に御依頼して學科擔任としたのであります。
炎熱の際日日御出勤御教授を垂れさせられたる感化の甚大なる吾人の深く感謝する所であります。又橋本訓導が終始一貫前記諸訓導と等しく陰に陽なる後援と、表はれざる同情と便宜とを計られた事を銘記して置きたいのであります。
(二) 學科の撰擇とその内容
一、訓話 修身科とする時は稍ともすれば嚴に過ぐるの感を抱かせて夏季教育には不適當であるといふ譏を免れない嫌があり、且つは修身書を顧慮するの必要をも生ずるので、極めて自由に興味多く而かも兒童に適切なる影響を與へんが爲めにその名辭を異ならしめたものであります。
一、お話、夏季兒童の倦怠を防ぎ、美しき感情、高尚なる思想を養はんが爲めに斯道に造詣深き折田訓導に御依頼したのであります。
一、手工 斯界の權威である高橋愛訓導に依つて夏季教育調査事項の一たる兒童の仕事の能率研究を達成せんが爲め且つは手工教授の目的に添はしめん爲めであります。
一、體操 體育なる名稱は最近帝國教育界に警鐘の亂打されたるが如き感を與へたものであります。實に帝國領土を一歩離るゝ時、吾人は我が日本人の體軀の貧弱なる事を痛切に感ぜしめられるのであります。此の科は本夏季教育の一大主目でありました。從つて福田訓導の努力は見る眼も甲斐甲斐しく愉快なものでありましたがその苦勞は決して筆紙に悉さるべきものではなかつたのであります。福田訓導事故の場合には、折田訓導と、本夏運動指導のよろしきを得たのは實に此の二訓導に負ふ所が盡大なのであります。
一、唱歌 殺風景に又荒まんとし勝なる休暇に、兒童の趣味を優美ならしめ、精神を豐なる環境に導かんが爲めに二訓導の手を煩はした次第であります。
一、書方 斯道に多年研讃の功を積まれたる渡邊訓導を依囑するに切なる全級兒童の希望に因つたものであります。隨つてその效果は數日にして既に顯著なものがあつたのであります。
一、圖畫 本學科も書方と同じく兒童の頻なる要望に多忙なる宮崎訓導の御教授を御願するに至つたものであります。圖畫に體する趣味の向上と技能の發逹とは同訓導の懇切なる教授の賜なのであります。
一、算術 此の學科を加ふる事は季別教育法の本旨に反する點の多少存在する事を肯定するものであるが、一つは成績調査上便宜多きと一つは本學級兒童の本學科に體する成績の劣等なるを救濟せん爲めに課したもので、成績調査の爲めには別表加法計算題を提出し學科としては教科書を用ひたのであります。
一、珠算 速算練習を目的とし、五珠の分解を要せぬ加法を教材としたのであります。
一、讀方 讀書の趣味を養ひ、大意把捉の能を得せしめんが爲めに「兒童の世紀」八月號「金の船」九月號を用ひ兼ねて綴方教授に資したのであります。
一、理科 教室教授の鎖國的窮屈なるものより脱出したる、開放されたる野外研究を主として行ひ、冷き理論に走り易き理科教授より興味多き理科研究に導きたい爲めでありました。
一、其他 精神を安靜ならしめんが爲めに呼吸法を課したのであります。
(三) 授業時間
一、始業 午前七時
一、終業 午前十一時
日々一時限三十五分授業の十分休憇とし、呼吸法其の他の爲めに十五分の餘裕を見たのであるが、他との權衡上豫定の行動を採り得なかつた事は遺憾でありました。授業時間表の如きも一定されたのでありましたが、事情之を用ふるを許さず終に前日豫告し當日又之を取捨するの止むなきに至つたのは、かへすがへすも遺憾でありました。
(四) 授業時間
自七月二十二日
至八月二十日
但し日曜と祭日は休日としたのであります。
明治天皇祭には特に敬神の念を養ひ、明治天皇の御遺徳を偲ばしむる爲めに明治神宮を參拜させたのであります。其の他夏季開放の行事である每週水曜のお伽會に出席し、玉川遠足、寳搜し等にも參加し、單獨には上野動物園に見學し、又數回代々木練兵場に趣いて寫生を行つたのであります。〔略〕
(『青南学報』大一〇)