赤坂臨海教育団

   赤坂臨海教育團事業報告書
   緒 言
夏季休暇を如何に有意義に利用すべき乎、私共はこの期間を專ら兒童の身體を强健にし活力を増進すべく利用するを以て最も得策なりと信ずるのであります。其手段として兒童をして都塵を氣清く風爽かなる山紫水明の境に避けしめ風規を守り衞生を重んじ規律正しき生活の間に愉快に活撥に運動せしめ學業の復習等亦怠ることなからしめたならば休暇の利用蓋し之に優るもの非ざるへしと確信致します、赤坂臨海教育團は實に如上の趣旨に基いて組織されたので有ります、〔略〕
果せるかな賢明なる公私識者の賛同を辱うし立どころに三十有六名の團員を得上總國濱金谷に豫定三週の期間を經過し八月十四日皮膚銅色を帶たる團員は一名の落伍者もなく何れも元氣旺盛喜色滿面喜々として歸京致しました、勿論後日に徴するに非ざれば確言は致し兼ねますが此三週間の規律正しき團體生活に於て彼等が海に山に勇壯活撥に身體を鍛練した事が其の身體及精神上に如何に多大の好影響を齎したかを想像するに足ると思ふのであります、八月七日文部省より北學校衞生官本團に出張なされ三日間に渉つて親しく團員と起臥を共にし詳細に視察を遂げられ本團の組織的にして秩序整然たる事風規及衞生狀態の佳良なる事團員の從順にして而も元氣旺盛なる事、監督諸氏の注意周到にして懇切なる事父母も猶及ばざるの槪ある事等を認められ斯程までに行屆かざるべしと思ひしに實に豫想以上の成績なりと感賞せられましたのは要するに監督諸氏が兒童の訓育に熟練なると熱誠懇切なりし賜に外ならずと衷心感謝に堪へぬので有ります、北學校衞生官は東京市に於て少なくとも二百以上の臨海團を要すと申されましたが私共も至極御同感で有ります或者は本團の規模小にして收容人員の少なきを嘲りましたが私共も理想として遠大の懷抱無いでもありませぬが彼等の如く徒らに空想に耽つて袖手爲すなきよりも寧ろ一日一善を爲すの優れるに若かずと信ずるのであります私共は明年も亦本團を組織して微力ながら兒童保健の爲め聊か貢献する所あらん事を期すると同時に今日よりして務め各位の御指導と御助力を希望して置ます。終りに臨み本團の組織に當り御賛助下されました諸君並に本團の事業を援助し特に金品を御寄贈下されました各位及本團の爲義狹的に監督の任に當られました諸氏に對し謹みて其厚意を感謝致します。
 大正六年八月下旬               主唱者識す
   第一章 組織〔略〕
   第二章 趣旨〔略〕
   第三章 目 的 (募集書抜萃)
本團は男性的な風土、衞生的にして健康な氣候を利用して積極的に且つ愉快に身體を鍛練し精神を修養し并せて學業に勉めるのが目的でして避暑の贅を衒ひ危險を顧ず登山水泳をなす暴擧ではありません、血氣に逸り放縱に流るゝ如きは嚴に戒とする處であります、日々の生活は規律あり而も家庭的にさせるのであります。
 
   第四章 日 課
   食前體操
勅語奉讀後西方海に面し遙かに豆相の連山を雲烟漠々たる間に望みつゝ元氣横溢せる呼唱を唱へて上肢、頸、胸、腹、下肢等一般的に行はしめたり、食前體操につき最も注意すべきは過激に失せざるにあり時に前日の疲勞未だ全く癒えざる場合の如き特に緊要なり。殊に朝食前なれば虚弱なる者を除かしめ長時間に亘らざるを可とす宮城遙拜、勅語奉讀と共に大凡三十分以内を適度とし臨海生活の當初には少時自由に海濱を散歩せしむるを程度とす、元來生活狀態の激變と疲勞とは監督者が終始不斷の注意を要すべし。
    〔略〕
   學科温習
各班(監督上の便宜を計り團員三十六名を第一班中學及高等小學生、第二班小學六年、第三班仝五年、第四班仝四年の四班に分つ)監督者指導の下に休暇宿題及學科復習に勉めたり。本團を訪問せる某教育家が「夏季臨海生活中學科を課し尚ほよく堪え得るものなり」と感嘆されし程一同熱心に勵みたり。尤も本團としては平素の學習的習慣を失はざる程度に止め復習の範圍を出ずる事なく劣等學科の補習に勉めしめ自學自習の良習を涵養せしめし以外進度を超ゆるが如きは絶對に之れを禁止し每日二時間以内黙學せしめたり。
 
   海水浴
醫家の言によれば朝夕水浴せしむるを可とすと雖も本團にては午前十時より午後十一時迄、午後二時より三時半迄の二回宛浴せしめたりこれ單に水浴のみを行ふ意味ならずしてこの間に於て水泳法を授け、裸體操或は相撲、遊戲等を課し以て海岸の灼熱せる砂中と赫々たる太陽の直射とにより身體を鍛練せんと試みしよる。
各班整列水浴場に向ひ全員にて水浴豫備體操を行はしむ、水浴前の事なれば特に全身平均運動、四肢の屈伸等を主として行はせ合圖により、一齊に波を蹴つて海中に躍進せしめたり尤も波浪荒き場合には各班每に區分して水浴せしめ每日水浴の度每に海水の深さ、波浪の高低、海底の凸凹等を調査の上目標旗を樹て且つ時々水浴上の諸注意を與へ又自由に水浴せしむる場合と水泳練習を主として行はしむる場合とを區別して行はしめ後者の場合には必要に應じ水泳級により區分して練習せしめたり。
上陸の合圖ある時は直ちに上陸整列監督者の點呼を受け同時に監督者は團員各個の疲勞、衞生狀態を觀察し必要なる注意を與ふ、氣象、水温、團員の疲勞狀况等により差違ありしも大凡午前及午後共十五分間宛各二回水浴せしめたり。
    〔略〕
   海濱遊戲
兒童が海岸にあれば特に遊戲法を講ぜずとも終日喜戲し得るものなり、然れども一層普遍的に有效ならしめん爲め隨時左記の如き遊戲を行はしめたり。
一 角力、砂深く何等の危險なく頗る好適の遊戲なり日々番付を作製して奬勵せば倦く事を知らず。
二 水中團體竸走、紅白二組に分れ海中の目標を廻り來り順次に行ふ事陸上旗送の如し。
  又時に浮標用樽を運ばしめ又は交互に小舟に乘りて運ばしむる等非常の興味を以て迎へたり、名付けて樽
  運び、舟運びと稱せり。
三 砲臺、軍艦等の模型製作
四 ゴム球野球
五 裸體操、海濱徒竸走等
單に海岸生活のみにても著しく營養を盛ならしむ况や海水浴が兒童身體に及ぼす影響は頗る多大なるものあり從つて疲勞の程度亦甚しく水中の遊戲の如きは陸上遊戲に比して甚だ過激なり依て虚弱なる兒童にはこれを避けしむるを可とす、徃々興味と元氣とに乗じ倒るゝ迄活動する者あり戒むべし。
    〔略〕

(都公文書館資料)


 
【付記】大正六年、青山小学校訓導五名が夏季休業中、児童三十余名を引率して千葉の浜金谷に三週間の臨海教授を行ったときの報告書である。しかし、この赤坂臨海教育団の結成と行事の実施は、明治二十八年五月府訓令第十号、教員は休業中みだりに其の児童と旅行、海水浴を行うことを取り締まった内容に触れるとして、校長は府や区の取調べを受けている。
 一方前年まで赤坂区内市立小学校校医を務めていた摩武彦医師は、赤坂臨海教育団主唱者としてこの行事の実施に賛同し、団組織に関する経過概要を記事として残している。