調査のめあて
兒童の言葉遣を良くするには、先づ惡い言葉の矯正から始めたらといふので、其の手懸を得るために兒童の使ふ惡い言葉の調査を致しました。一學期に行つたこの企には保護者の方の御助力もあつて、其の目的を達することが出來ました。只今では調査の結果を利用して、良い言葉を使ふやうにと學校全體がつとめて居ます。
こゝに調査の一面を披露し、併せて保護者方の御助力を御願ひ致す次第です。
どの位惡い言葉の種類があつたか
案外多いのに驚きました。それは左表の通りですが、これだけの惡い言葉が折にふれ、時に應じて使はれてゐるのかと啞然とします。
惡い言葉の 種 類 | 先生に 對して | 父母に 對して | 兄姉に 對して | 弟妹に 對して | 友逹に 對して |
二九種 | 二九一種 | 二七五種 | 二二二種 | 二二五種 |
どんな惡い言葉があるか
二百數十種の中から、一番多く使はれてゐる順に十種づゝ拾つて見ました。普通聞き馴れたものが多數です。尤も餘り使はれてゐなくともたちの惡いものもあるので、これら指導にあたつて注意すべきだと思つてゐます。
惡い言葉の例 (最も多く使われてゐるもの十種。) (どれも男・女共に使つてゐます。) | ||||
父母に對して | 兄姉に對して | 弟妹に對して | 友逹に對して | |
一 | うん | きいちやいねーよ | かへりな | あんた |
二 | つまんないの | ちえツ | うるせい | やだよ |
三 | いまするよ | いやだい | やつちやいな | おまへ |
四 | いやだい | うるせいな | おれ | あいつ |
五 | 又かあ | やだよ | こいつめ | やなこつた |
六 | いけねえ | やーだよ | やらあ | すかしてら |
七 | ……ぢやないか | 何言つてやがるんだい | ……しろ | こいつ |
八 | くれよ | ねーこー | ばか | やめな |
九 | おくれ | ばかやらう | てめい | てめえ |
一〇 | ちえツ | きさま | うるさい | きいちやいねーよ |
惡い言葉の標準をどこにおくか
例へば「おくれ」といふ言葉も、家庭によつてはさして惡い言葉と考へられてゐないでせう。しかし他の家庭では「下さい」とか「ちやうだい」でなければいけないとされてゐるでせう。ですから一槪に善惡をきめるわけにもいきませんが、そこには自ら限度があると思ふのです。それには先づ、直覺的にその言葉を聞いたときの印象によつて、好もしいものであるかどうかゞきまるでせう。第二に、國定教科書に盛られた言葉が大きな尺度になると思ひます。よそ行きの言葉になつたから親しみの度合が薄くなるといへばもはや論外ですが、少くとも長上に對しては、教科書程度又はそれに近い言葉遣になり度いものです。第三は、兒童の書き出した言葉そのものが有力な標準となるのですそれは兒童が自ら反省して惡いと考へたからこそ出て來た材料であるからです。これは他人が、斯うだらうと推察したものと違つて嚴肅な事實であるところに力が有ると思ふのです。
どんな心持で指導するか
言葉の調査を整理した結果を考へて見ますと、いろ/\氣の付く事柄が有りますがその中特に保護者の方々に知つて戴き度いと思ふのは
一日に 最も多く使ふ 最も少く使ふ 者は何度位使ふか (一日に使ふ回數) | ||||||||||||
一男 | 二男 | 三男 | 四男 | 五男 | 六男 | |||||||
少 | 多 | 少 | 多 | 少 | 多 | 少 | 多 | 少 | 多 | 少 | 多 | |
う ん | 〇 | 六 | 〇 | 一八 | 〇 | 五 | 〇 | 六 | 〇 | 九 | 〇 | 三 |
く れ よ | 〇 | 三 | 〇 | 一 | 〇 | 三 | 〇 | 二 | 〇 | 一 | 〇 | 一 |
い や だ い | 〇 | 四 | 〇 | 一 | 〇 | 二 | 〇 | 三 | 〇 | 二 | 〇 | 一 |
い ま す る よ | 〇 | 三 | 〇 | 二 | 〇 | 三 | 〇 | 二 | 〇 | 三 | 〇 | 一 |
つ ま ん な い の | 〇 | 二 | 〇 | 三 | 〇 | 四 | 〇 | 四 | 〇 | 三 | 〇 | 一 |
一女 | 二女 | 三女 | 四女 | 五女 | 六女 | |||||||
少 | 多 | 少 | 多 | 少 | 多 | 少 | 多 | 少 | 多 | 少 | 多 | |
う ん | 〇 | 五 | 〇 | 二 | 〇 | 七 | 〇 | 五 | 〇 | 六 | 〇 | 五 |
く れ よ | 〇 | 三 | 〇 | 一 | 〇 | 一 | 〇 | 一 | 〇 | 八 | 〇 | 一 |
い や だ い | 〇 | 二 | 〇 | 一 | 〇 | 四 | 〇 | 一 | 〇 | 八 | 〇 | 三 |
い ま す る よ | 〇 | 三 | 〇 | 一 | 〇 | 四 | 〇 | 一 | 〇 | 八 | 〇 | 一 |
つ ま ん な い の | 〇 | 四 | 〇 | 一 | 〇 | 四 | 〇 | 二 | 〇 | 八 | 〇 | 二 |
第一に、どうしても家庭の御助力を願はなければならないことです。父母、兄姉、弟妹に對する言葉は家庭で使はれるのですから、常々氣をつけて教へて頂き度いと思ひます。又先日のやうに、學校から記錄の票などを持ち歸りましたら、よろしく督勵をお願ひし度いのです。
次に根氣よくやることだと思ひます。長い間の惡い習慣がたちまち改まらう筈はなく、其の上どの位良くなつたかを測る目安もないのですから、飽きることなく結果を急がずにやる外はないと思ひます。
又兒童に反省させながら良くするといつた態度がよいと思はれます。單に「其の言葉は惡いです」と教へるより「その言葉を使つて自分に對して恥しい」といふやうな感じを起させる樣に導くのがよいと思ひます。
言葉遣を良くするといふのは、馬鹿丁寧な言葉を使へといふ意味ではなく、いやな連想を起すやうなものでなく、明朗な普通の言葉を使ひ度いといふ意味です。極く粗野なものだけでもなくなれば目的の大半は達せられるのです。
學校ではどんなことをするか
折にふれ、朝禮、教室等で導くのですが、特に「先生に對して」「友逹に對して」の注意をしてゐます。教室の掲示によつて反省の機會を與へたり、兒童同志の試し合によつてお互い直すやうに仕向けてゐます。綴方の中にも、兒童自身が良くしたいと努力してゐる部面も現はれて參考になる點もあります。言葉遣は、容姿、作法と關係する點が多いのでこの方面にも氣を付けなければなりません。
父母に對する反省の結果
過日兒童が父母に對する惡い言葉の反省記錄をつけましたから其の一部を記して見ませう。
むすび 兒童の品性を高める一助としての言葉の指導は大切な營みであることを御諒解下さって御助力を御願ひ致します。尚細かいことは御申出がありましたら懇談申上げませう。
(『中之町學報』昭一四)