<参考>戦時下の国民学校年間行事

昭和十八年度                  笄國民學校
月 日
 4・ 1  始業式八時半   入學式十時三十分
   8  大詔奉載式 三年以上一時限
  10  乃木將軍墓參 養護學級入學 四年3名 三年4名
  29  天長節拜啓賀式 低學年八時半 高學年九時半
 5・ 4  國文研究會二時四十分 母ノ會
  10  磯學級研究授業 國民科國語第二・三校時 研究會
  11  全校校外教授 一年明治神宮 二年大宮公園 三年濱田山 四年靖國神社 五年多摩川
            六年多摩御稜
  13  防空訓練 全職員六年男兒ニヨリ監視場ノ土のうヲ作ル
  26  第三十六回創立記念日
 6・ 1  皇大神宮遙拜 少年團各班月巡視 母ノ會
   5  山本元帥國葬擧式 開式 敬禮 遙拜 海ゆかば 訓示
  24  展覽會 保護者懇談會 五時全部終了
 7・ 1  産業戰士慰問文依頼 三年~六年 母ノ會 教育奉仕會
   8  大詔奉戴日訓話 全校鍛鍊遠足 一羽澤種藝園 二外苑
     三清水谷公園 四泉岳寺芝公園 五宮城 六赤坂離宮
  17  薬瓶其ノ他回收(三八二)愛資活用協會
  20  朝禮(海の記念日)終業式 清掃
  22  箱根高原學園出發 水泳開始式
 8・ 2  臨海團出發七時 高原學園歸京
  11  臨海團無事歸京 品川着四時五十九分 驛前ニテ解散
  19  水泳會納了午前中 河原林間學校歸還 養護學級三十二名
 9・ 1  第二學期始業式 麻布區國民學校水泳大會一時~四時
     警戒警報發令午後六時半
   8  大詔奉戴式 夏休み作品展陳列完了
   9  鍛練遠足擧行 一乃木神社 二芝公園 三日比谷公園 四目黒不動 五赤坂離宮 六増上寺汐留
  15  登校時ノ待避訓練 校内待避 班別下校訓練
10・ 7  慰靈ノ日 本校禮法室 卒業生ノ寫眞拜禮
  15  體練會八時半~四時半 白衣御招待百名 接待母ノ會
  22  靖國神社例祭訓話 養護學級兒童體力檢査 愛育病院長
  28  校外教授 一芝公園 二二子多摩川 三井ノ頭公園 四二子多摩川 五京王閣 區民葬英靈十四柱
11・ 1  防空週間第一日 校外教授 六多摩聖蹟記念舘
   3  明治節拜賀式
   5  養護學級校外教授 二子多摩川二十八名
  17  換貨取扱(アルミ貨、五拾錢紙幣)
12・ 1  職員會 回蟲驅除劑 全校兒童服用
   2  暖房ラジエター撤去
   8  大詔奉戴日 鍛練遠足 全學年
  24  第二學期終業式
昭19・1・1 新年拜賀式
 1・ 8  始業式・大詔奉戴日 學年會
  11  少年團寒稽古始(劍道)
  14  書初會 運動靴配給三百十七足
  17  味噌汁給與開始 本日ハ六年母ノ會八名
  24  味噌汁 今週ヨリ月=六・五年 火=四・三年 水=六年 木=五・四年 金=三・二年
 2・8・9 學藝會 兒童鑑賞日
  11  紀元節擧式 航空戰力昂揚航空少年隊大會 日比谷
  22  鍛練遠足 一日枝神社 二赤坂離宮 三芝離宮 四代々木八幡 五航空研究所 六松陰神社
 3・ 2  新入學兒童豫備身體檢査 區繼送電話三月五日ヨリ當直一名増員
   8  大詔奉戴日式朝禮 補助貸回收決算四四九三枚 貮百九拾五圓拾六錢
  16  疎開勸奬父兄會一時半 來會者四百名
  18  修業式九時一・二・三年 十時四・五年養護各式後疎開兒童送別式
  25  修了式十時
  27  高等科備品移轉ニ關スル作業ノタメ全員出勤
昭和十九年度
 4・ 1  始業式八時半 入學式九時半 本日ノ出席數ヲマトメ炊餐班ヘ 運搬・配膳低學年ニハ六女奉仕
      本日ハ一人一ヶノ握飯ヲ作ル 炊餐隊隊員ノ手配ニヨリ分配ハ結果良好
 4・ 4  學級役員任命式 給食狀況視察
     高等科入學式 高等科初等科對面式 一年鎮守參拜
 4・10  鍛練遠足 二東郷神社 三清水谷公園 四議事堂 五航空研究所
          六碑文谷公園 高等科麻布區外域廻り
  24  笄公園手入 高等科農耕開始除礫作業
  29  天長節拜賀式 四年以下八時 五年以上九時
 5・17  五・六年兒童映畫觀覽「轟沈」四ノ橋麻布松竹舘
  24  戰時疎開學園準備(仙石原)
  30  高等科増產報國隊結成式
  31  芝公園枝打チ薪運搬一時高等科全員
 6・ 5  戰時疎開學園出發八時半九十八名 笄兒童十九名
   9  緊急下校訓練御眞影奉遷 本村國民學校・順心高等女學校
 7・15  疎開地向机・腰掛運搬 汐留驛
  17  集團疎開兒童數割當 麻布・南山・笄各四百名他四校は三百名計二千四百名
  19  學童疎開ニ關スル緊急保護者會二時 來校者七百五十名
  20  修了式 疎開者トノ惜別ヲ兼ネル
  21  水泳練習 高等科工場出勤 廢材搬入
 8・ 7  戰時疎開學園閉園式 兒童召集九時
 8・ 8  戰時學園歸京豫定暴風ノタメ延期 學校用荷物ヲマトメル
  13  集團疎開荷物發送八時半~四時 汐留 電車三臺二往復
     父兄挺身隊、麻布工業二十名 寮母出發打合セ五時
  15  出發式八時半 三和・山前合同 殘留全部兒童二百三十名
  16  山前班出發四女三年九十名
     六本木署正午、高二住友ヘノ動員
  21  始業式八時 給食ナシ 出席兒全童數四百九十九名
  26  高二勤勞動員住友實務ニ就業
  30  御眞影奉遷九時二十分區長ヘ 十時都長官 三田奉遷所ヘ
  31  少年團班別訓練 給食米食味噌汁本日ニテ終了
 9・ 1  第二學期始業式 パン給食味噌汁ナシ 集團疎開父兄會
  22  集團疎開冬物輸送十月五日汐留(山前)
  29  集團疎開面會日程(國鐵分五十六名)
11・ 3  明治節 高二七十名參加
   6  警戒警報發令九時半 高二(住友通信)三田警察署長ノ指示ニヨリ歸宅 
     警戒・空襲警報發令ヒンパンニアリ
  28  臨時措置 警報ニ備エテ三時限ニテ下校
  29  區繼送電話三時、明日ヨリ國民學校ノ授業ハ午前十一時ニテ終リ下校セシムルモノトス
     給食アリ、時間割ハ學校長ニ於テ適宜定ムベシ
  30  兒童十一時下校 空襲投彈 午後十一時半 午前四時半
12・22  終業式九時、送別式
昭20・1・1 新年拜賀式十一時
 1・11  擔任發表 養護學級解散
  27  警戒警報一回 空襲一回 飯倉片町ニ戰闘機墜落
 2・ 7  警戒警報 授業給食ナシ 動員高一(兒童百一名係長二名)
  26  新一年身體檢査
 3・ 2  集團疎開六年歸京 小俣宿舍解散式
  10  學區空爆被害 新笄 上笄殆ド全部 山笄一部 校舍使用罹災者六百名 收容 階下六教室 二階三教室
  11  電話不通 近邊地區
  12  終業式九時 十日分ノ給食パン給與 罹災兒童調 集團疎開荷物發送 
     汐留驛燒失ノタメ期日決定不明 集團疎開兒童身體檢査 種痘、ジフテリア
  24  終業式 修了式五年以上十時
  31  集團疎開兒童召集、諸注意

(笄国民学校『学校日誌』昭一八・一九)


 
【付記】戦時下の国民学校で、空襲警報下学区内がその被害にあった笄国民学校の昭和十八年十九年度の学校日誌より児童の学校生活がわかる事項を抜粋した。昭和十八年八月には麻布区臨海団に参加したが十九年六月には、戦時疎開学園に希望者が参加、八月に閉園、学童集団疎開で栃木県に、残留の高等科の児童は勤労動員に出動していた様子が記録されている。港区地域の他の学校の日誌も残されているが中には学校が被災し貴重な記録も灰になったものもある。