人の世の中です。賢い人善い人偉い人ばかりの世間ではない筈です。でも見下げらるれば腹が立ち、辱かしめらるれば癪に障る。是が人間共通の心の興奮ではありませんか。况して最愛の我が兒について其の愚鈍さを表示せらるゝ事は、針を呑むやうな忍び難いつらさであり悲しみでありませう。愛兒に對する此の保庇の切情を全くそれと同樣に人の身の上に心づかひしてやって下さる親たちが一人でも多く居て下さればと人知れず祈ってゐます。
明月や池をめぐって夜もすがらという句もある樣に私たちは多くの場合、私たちの自身の持つ强い堅い美しい魂の力を忘れて醜い他の奴隷になり下つてゐることを知らないで過ごしてゐます。誠に恥づかしいことですが、華やかな教育部面にのみ誘惑されやすいのです。けれども私たちが如何に教育といふ職によつて、生活するからと言つて、人を教へる道具になり果てることだけは斷固咎めてゐます。考へることにより祈ることにより、行することによつて教育する力を求め、感化する源をさぐつてゐます。そうして兎もすれば殘されんとする最後の一人をも、何等かの使命を負はせ力づけて、人の世に旅立たしたいと念願してゐるのです。小さな捨石に役立たせて貰ふこと是が笄小學校内のせめてもの教育的存在であると信じます。併し私は單に補助學級に限られず、他の各學年各學級に埋もれた同等同位の兒童が多數にゐることを認めます。より以上可愛いゝ兒なるが故に、我が子の教育再吟味の要がありはしないかと考へてなりません。
(笄小学校校報『かうがい』第二十一号 昭九)
補助學級の現狀と經營方針の一端
堀 部 泰
富嶽は高い。蟻が登る。登つても登つても、坂ばかりだ。より峻險な、時に風があり、吹き飛ばされる。時に雨があり、流される。而し一歩々々登つて居る筈だ。目に見えない。高くなつたとも感じない。されど孜々として歩みを續けて居る。來光に頭叩く期があるのか。誰も知らない。縱えば無いにしても、行ける所まで行かう。登れる所まで登らう。黙々と、さはやかに、希望に滿ちて。
自分の子供は丁度この蟻である。自分もこんな氣持ちで只今歩一歩と牛の歩みを續けて居る積りである。他の子供は兎である。早く驅けて彼岸に逹する。來光も拜す喜びも感じ、共に叫ぶ歡聲も樂しさうである。併し蟻の其の樂しみは何時の事か。行けども行けども坂又坂。吹き飛ばされては登る。流されては登る。其の苦難、其の努力、其の哀れさ、其の雄々しさ、想像するも難くない。
現狀の一端
(A)收容兒童數(十五年十一月十五日現在) |
學級數 | 一學年 | 二學年 | 三學年 | 四學年 | 五學年 | 六學年 | 計 | |
男 | 一 | 二 | 一 | 一 | ― | 五 | ||
女 | 三 | 一 | 三 | 一 | 四 | 一二 | ||
一 | 計 | 四 | 三 | 四 | 二 | 四 | 一七 |
この表を一瞥して、男女各學年より集つた一學級であるから、自然禮儀作法が亂雜になるだらうと御心配の事と思ふ。私も其點の特に考慮し、男は男らしく、女は女らしく、常に禮儀作法言葉違ひに留意して居る積りである。
(B)收容兒童の智能狀況 |
指數 性別 | 一〇〇 以上 | 九〇― | 八〇― | 七〇― | 六〇― | 五〇― | 四〇― | 三〇― | 檢査 不能 | 計 |
男 | 三 | 二 | 五 | |||||||
女 | 一 | 三 | 四 | 一 | 二 | 一 | 一二 | |||
合計 | 一 | 三 | 四 | 一 | 五 | 三 | 一七 |
智能九〇以上八〇以上の兒童は智能から云へば、普通學級で勉强しても大した差支へは無いが勉强の仕方が惡かつた爲、學習的態度の出來て居ない兒童で勉强に對する面白味と言ふものが無かつた。此の興味が出來れば兒童の學力は向上するものと思ふ。この測定は臆病な兒童や無口な兒童には中々完全を期する事は困難である。故に大略の表である。
(C)現兒童を補助學級に收容したる主なる理由
(1) 智能の低劣なるもの十名
(2) 性格異常によるもの一名
(3) 身體の異常によるもの一名
(4) 教育上の缺陷によるもの五名
(5) 環境不良其他によるもの 名
合 計 十七名
この問題に於ても學者或ひは醫師の科學的調査を待たねばならぬが大體主なものを取つて區別すると、以上の樣である。
(笄小学校校報『かうがい』昭一五)
【付記】笄尋常小学校に設置された補助学級の実態を知る上で貴重な記録を、学報「かうがい」の一部に見ることができる。昭和九年と十五年発行の学報の中で、補助学級の担任教諭が現状を滔々と吐露している。激動する社会的背景の中で、個に応じた指導を模索し成果を上げていた。