沼津養護学園の生活

   学園の一日
 養護教諭の廊下を歩く音から一日が始まる。三十本の体温計をもって五十人の児童の寝ている所に来る。すでに十分位前から目をさましている子も十人位はあろう。小さい声で「先生、お早う」
 午前七時(冬時間)寮母さんの振鈴でみんな目をさます。「お早う。」「お早う。」体温測定が終わると乾布摩擦、ついで布団の片付け。五六年の児童が小さい子の布団を積重ねてくれる。寮の戸が広く開かれると、朝のすがすがしい空気が流れ込む。太陽の光が松林を通して美しい模様を織り出している。洗面所で歯磨粉を口一杯にブクブクあぶくを出して自分の番を待っている子。間もなく清掃が始まる。箒や熊手で松葉を集めている子等の笑い声が大きくひびく。レコードの快い調子が庭一杯に流れてくると、ラジオ体操が始まる。前の病院の人たちの中には、万年塀越しにニコニコしながら子供等と一緒に体操する人もふえてきた。
 七時五十分ベルタイマーが鳴ると、一列に並び手洗いして、食堂に行く。ポカポカしたおいしい御飯の湯気が食欲をそそる。新聞のかわりに、テレビが昨日のニュースを教えてくれる。寮に帰って登校の準備、各自の戸棚から教科書を取り出し今日の勉強道具を揃える。八時三十分登校ベル。
 「寮母さん、行ってきます。」「いってらっしゃい。」で廊下伝いに教室に来る。ストーブはもう赤々と燃えている。八時四十分第一時が始まる。これから午後三時までは普通の学校と略々同じ。ただ違うのは第二時間目あたり、大きな電気洗濯機が子供のシャツ等を洗う音が聞え、昼食は食堂でみんな一緒にいただくので、学校のように運ばなくてもよい事、五時間目の始まる前ラジオ体操のある事等。
 十二時半頃になると、手紙が職員室前に並べられる。誰かがす早く見つけて「おーい手紙だよ。」と呼ぶと、みんなかけ足で見に来る。両親、先生、友達からの手紙、どの顔もうれしそうである。
 三時におやつ。牛乳とお菓子が食堂に並べられる。終るとピンポン、野球、縄とび、相撲、砂地の穴掘り遊び、人形遊び等。まだ教室で何か作業している子供もある。四時頃から入浴、大体隔日で男女交互に先に入る。入浴のない日は五時頃から奉仕活動として、薪運び、洗濯物片付け、掃除等がある。
 五時半テレビを見ながら楽しく賑やかに夕食。六時半から寮で自習。宿題をする子、グループで模造紙にグラフ等書く子もある。
 八時になると就寝用意。歯磨きも忘れず挨拶もすんで床に入る。寮母さんから本を読んでもらったり話を聞いたりしながら、いつの間にかやさしい寝息にうつっていく。
 学園も八時を過ぎると、静まり返り、外を走るトラックの音が大きく響く。少し風のある日は松吹く風が粛々と淋しい。先生方の住宅の電燈はまだ明かるい。夜半鈴木のおじさんが戸締りを見に歩いてからは、学園全体が静かな眠りに入る。
 土曜日の自由外出、日曜日の魚つりや近所の子供との野球試合等も楽しい思い出となることであろう。
 
   昭和三十四年度在園児童
 昭和二十六年以降の在園児童は延一一五九名。この中一二九名が昭和三十四年度に在園した。この児童の主な入園理由は次のようで、偏食矯正を目的としたものが第一位。次に胃腸が弱くかぜをひき易いものが多く、喘息の子が第三位で、他はずっと低率となる。
理   由人  員
体重軽く血色悪い
著しい偏食三七
胃腸障害かぜひき易い二〇
レントゲン所見による
病後のため一二
疾症主に喘息二七
家庭環境

 学園生活によって、偏食は殆どその跡を絶ち、胃腸やかぜのために授業を休むような子も殆どなかった。特に喘息については、効果が著しく、東京にいて時々発作に苦しんだ子が沼津に来て、殆どそんな事もなく、薬を飲むことさえ忘れ勝ちの状態で、父兄からも深く感謝されている。児童の血色もよく、病気した子も二~三だけで健康状態は非常によかったと喜んでいる。
 児童の健康はその体重によく現われるというが、在園した子達は果してどんなだったろうか。二学期の子供たちについて九月十七日から十二月十二日までの間の体重増加をみると、次表のようである。
増  加 (キロ)人  数
〇・九以下
一・〇から 一・九まで一七
二・〇から 二・九まで一七
三・〇から 三・九まで
四・〇以上

 一キロ以上増加した児童が九割もあり、全体を平均すると二・一キロの増加を示している。身体が比較的虚弱で、体重の増加等とかく順調でない子供達としては、まずまずよい結果であると思う。学年別平均増加をみると、三年二・一キロ、四年一・九キロ、五年二・三キロ、六年二・四キロで。中には四キロも増加した児童もある。
 以上のように、児童の健康状態もよく、体重増加も順調で、学園に入園した目的を達成し得たのは、沼津の地が気候がすぐれ、空気が清澄で、しかも海浜に近く緑の松林に囲まれているという自然の恵まれた環境のもとで、職員の行届いた配慮により、勉強に運動に休養に食生活に、規則だった生活を送った賜であろうと思われる。
 〔略〕

(『指導室だより』第二号 昭三〇)