二、教師
(一) 教師ノ撰擇
曩ニ學校事業ノ完全ヲ期センガタメ設備ニ對スル經營ノ方針ヲ述ベタリ然レドモ教育ノ事業タル校舍ソノ
他ノ設備ノ完全ナラザル可カラザルト共ニ慈ニ最モ重要ナルハ教師ニ存スルコトヲ認ムルナリ世ニハ往々
校舍設備ノ良否ノミヲ論シ而シテ教育上最モ重大ナル教師ヲ甚忽緒ニ附スルモノアリ而シテ教師モ亦自己
ノ教育上重大ナル關係ヲ有スルヲ忘レ兎角ニ自重ノ上ニ聊カ疑問アルハ吾人ノ大ニ遺憾トスル所ナリ夫レ
教師ノ職務ハ兒童ヲ教育スルニアリ教育ハ教師ノ兒童ニ及ボス影響ナリ而シテ兒童ハ次代ノ國民ナルヲ以
テ之ヲ教育スル教師ハ國家社會ノ將來ニ於テ其ノ責任ノ重大ナルコト知ルベキナリ斯ノ如ク論シ來レバ教
師ハ教育上ヨリ國家社會ノ上ヨリ將又個人ノ側ヨリシテ實ニ重責アルモノタルヲ以テ予ハ常ニ教師ニ對ス
ル要素ヲ上述ノ標準ニヨリテ定メント欲ス抑モ教師ノ事業タル人間ニ及ス影響ナリ感化ナリ茲ニ於テ教師
ハ其ノ資格ノ第一ノ要素トシテ人格高尚ナラザル可カラズ次ニ教師ハ兒童ニ對スル主腦ナリ知識ノ傳逹者
ナリ故ニ教師ノ學問ニ深カラザルベカラザルハ第二ノ要件ナリ次ニ第三ノ要素トシテ教師ハ須ク實際社會
ニ對スル識見ヲ有セザルベカラズ抑々國民教育ノ事業タル次代國民ノ養成ニ在リ從ツテ最モ深ク社會ヲ理
解シ之ヲ改善向上セシムル理想ナカル可ラズ又何レノ事業ニヨリテモ成功ト否トハ之レニ對スル興味ノ如
何ニヨルコト最モ大ナルヲ信ズルモノナリ此ニ於テカ本校ハ教師ニ對スル第四ノ要素トシテ教育ニ對シテ
最モ多ク興味ヲ有スルヲ必要トス最後ニ尚教育ノ目的物ガ兒童ニアルヲ以テ教師ハ飽マデ兒童ニ對スル同
情ヲ有スルモノタルベキコトヲ撰バントスルモノナリ以上ハ本校ガ教師ニ對スル精神上ノ撰擇ノ方針ナリ
トス
(二) 教師ノ指導
前述セル所ハ本校ガ經驗上ヨリ見タル教師撰擇ノ方針ナリトス斯カル教師ヲ得テ如何ニ之ヲ指導スルカニ
至リテハ其人物ニ信頼シテ之ヲ指導スル必要ヲ認メザルガ如シト雖モ社會ハ駸々トシテ進歩シ逐ニ止マル
處ヲ知ラズ今日ノ新シキ思想ハ明日ノ舊思想タリ吉テ(ママ)本校ガ所期ノ要素ヲ具備セル完全ノ教師ト雖
モ明日ハ過去ノ教師タルノ悔ナキニアラザルカ是レ吾人ノ大ニ教師ノ修養ヲ指導セントスル所以ナリ而シ
テ其ノ一ハ精神的修養是ナリ卽チ教師ハ教育ノ實際家タルヲ以テ實際教授ニ要求スル教材及教授法ノ研究
ヲ怠ラザルト同時ニ又教師ヲシテ兒童ノ師表タル道徳修養ニ努メシメ以テ人世生活ニ對スル適確ナル信仰
ヲ形造ラシメザル可カラズ次ギハ教師ノ衞生ナリ近時正確ナル統計的事實ニヨリテ發表セラレタル結果ニ
觀ルニ教育者ナル業務ハ他ノ職務ニ比シ著シク健康ヲ損セラルモノノ如シ實際教師ハ精神上ノ過勞ヲ免レ
ザルニ反シ其ノ筋肉ノ運動甚ダ不十分ナル蓋シ事實ナリトス之ヲ論究スレバ多方面ノ解決ニ到達ス可シト
雖モ單ニ現下ノ狀態ニ在リテハ一般職員ノ健康増進ノ方法トシテハ切ニ運動ヲ奬勵スルニ在リトス我校ハ
教員健康狀態ノ低度ナル主因ヲ運動ノ不振ニ歸セントス故ニ本校ハ運動ヲ奬勵シ放課後或ハ體操ニ或ハ遊
戲ニ以テ幾分身心疲勞ノ調和ヲ計レリ
(三) 兒童
吾人ノ生活セル自然界及社會ハ各般多樣ノ變化ト複雜繁瑣ナル關係トヲ併有ス而シテ教育ノ目的ハ實ニ人
間天賦ノ諸能力ヲ發揮セシメ以テヨク自然的及ビ社會的境遇ニ順應スル生活ヲ遂ゲシムルニアリトス故ニ
教育ガ兒童ニ与フル智力ハヨク社會ノ文明ヲ正當ニ理解シ以テ有力ナル關與者ナラシムル基礎ヲ授クルヲ
要シ道徳ニアリテハ人生ノ眞意義ヲ確認和親提携以テ共同生活ノ目的ニ遺憾ナク到逹シ得ル人格者タラシ
ムルコトヲ期シ又體力ニヨリテハ能ク激列ナル生存競爭ニ耐忍シ且ツ社會ニ對シテノ努力貢獻スルニ足ル
健康ヲ持續セシムルヲ要シ而シテ又審美ノ方面ニアリテハ天與ノ自然界ト人工美術ノ眞髄ヲ味ハシメ之ニ
依リテ兒童天眞ノ情操ヲ清純高潔ナラシメン事ヲ期ス
吾人ガ學校經營上兒童教育ノ方針ハ實ニ右ニ述ベタル思想ニ胚胎セルナリ
(笄小学校『本校教育之梗概』明四三)
【付記】明治四十年創立の笄小学校は、同四十三年学校教育のあり方を研究し、『本校教育之梗概』を作成した。資料はその冒頭に掲載された好調の学校経営研究である。