台町小学校校医による児童の食生活調査

  兒童の辨當しらべ
                  東京市芝區臺町小學校醫 醫學士 高 井 元之助
人間一日に必要な榮養量、榮養物が、體内にて消化され、腸胃から吸收され、熱となり活力となる故、人の所要の食物量を示すに、普通熱量(カロリー)を用ひます。吾々の生活を續けるに必要の一日の熱量は人々の職業年齡體質、並に氣候によりて變化がある故、一定することは出來ぬが、フオイト氏の說によれば、一日に、大人は蛋白質百八十瓦、脂肪五百六十瓦、含水炭素五百瓦を要し日本人では平均蛋白質七十一瓦、脂肪十四瓦、含水炭素質五百二十四瓦入用てあります。これを熱量で表はせば、大凡三千~二千七百カロリーを要します。兒童には、どの位必要であるか。
 
       體  量     所要カロリー
        貫   匁
 乳 兒   一、六六〇     四二二
 一 歳   二、二六〇     七六二
 
 六 歳   五、三二〇    一五二五
 
 一四歳  一〇、六四〇    二一〇六
 この割合で、相當の熱を造る食物を與へれば、よい榮養狀態を保つことが出來る。然し食したる食物は、全部吸收されて皆んな活力となるものではない。損失のあるもので、平均十%位は無益に失はれるのであります。排泄されます。
 學校兒童の食物、通學兒童は、凡ての方面に熾んに發育する時期でありますから、比較的餘分の榮養物が必要であります。家庭の狀況でいろ/\ちがひもありますが、大抵は、朝食は簡單にして、晝食は辨當若しくは家庭に歸りても多くは簡單に済まし晩食を家庭團欒の一つの樂として御馳走を喰べることになって居ります。然し今日の如くに兒童結核が、年々増加する際には、努めてこれが豫防撲滅法を講じなければなりません。結核病に對する最も必要の武器は、榮養に富んだ食物をよく喰べることに在ります。然るに一度の食事に喰べる分量は大抵にきまりがありますから、無暗にたくさん喰べる譯にはまゐりません。三度の食事に、平均によく喰べる工夫をしなければ成りません。そこで、學校兒童の學校へもってゆく辨當は、果して適當量であるかどうかこれに就いて私が本年(大正二年)二月と十月と二回調べました成績は次の如くであります。
 
 (一)辨當食(飯米)調査 副食物重量を含む
      個 數      一個平均重量     平均重量
 男
    第一回  第二回   第一回  第二回
一學年   〇   四七     〇  六六匁   六六匁
二學年  五一   四四    七二  九六    八四
三學年  三九   三四    八八  五八    七三
四學年  三五   二九    七九  八八    八三
五學年  五四   三二    七一  七六    七四
六學年  三三   三九   一〇〇  七八    七九
 合計 二一一  二二五
 
      個 數      一個平均重量     平均重量
 女
    第一回  第二回   第一回  第二回
一學年  四八   四八    六六  五六匁   六一匁
二學年  三七   三六    五二  六三    五八
三學年  四三   三七    六八  六一    六四
四學年  三八   三二    五九  六五    六二
五學年  三九   三四    六三  六五    六四
六學年  二八   二五    六七  六五    六六
 合計 二三三  二一二
    但し實際喫食せし重量
 
 (二)パン食調査
      個 數      一個平均重量     平均重量
 男
    第一回  第二回   第一回  第二回
一學年        三        三九匁   三九匁
二學年   四    四    三〇  三五    三二
三學年   一    二    四六  二九    三七
四學年   四    一    六五  六〇    六二
五學年   四    〇    三〇   〇    三〇
六學年   〇    三     〇  三〇    三〇
 
      個 數      一個平均重量     平均重量
 女
    第一回  第二回   第一回  第二回
一學年   五    一    二二  三〇匁   二六匁
二學年   六    五    二七  三四    三〇
三學年   一    二    二〇  三二    二六
四學年   二    三    三〇  三三    三一
五學年   六    四    三五  三八    三六
六學年   五    〇    四〇   〇    四〇
 
 表より調べますと、男女兒童を通じて御辨當内容の目方は大約六十匁から八十五匁であります。私が中等米でいろ/\水加減をして、白米をたいて見ましたら一合の白米は大凡九十三匁程になります。依て、兒童が學校にもつて來る御辨當の米飯は、一合の約七、八分に當る事となります。之がどれ丈の活力卽ち温量を身體に與えるかと云ふに、大約四十四「カロリー」でありますが、其の一割は、無駄に損失となる故、大約四十「カロリー」が兒童身體の原動力となって働く譯であります。
 又、パン食の方を調べますと、大約三十五匁平均となります。パンにも餡の入った菓子類もあり、ジャム、バタをつけたのもあります。八分通りは白パンで、其の榮養價値は米飯の同量と大差がありません。菓子類は榮養、消化、吸收の点から、考へて、到底比較になりませんから、普通御辨當の代用とする事は出來ません。
 男女何れにしても、發育の最も熾んな時は、從て榮養物も餘分に必要でありますから、其の發育のさかんな時期と餘り盛んでない時とは、槪してちがうわけであります。七歳から十三歳迄の兒童の發育の狀况を調べますと、男生では七、八歳の二年間はかなりよく發育いたしますが、九歳から十三歳迄は其の率が極めて少なくなります。ことに十歳、十一歳の時期は身長も體重も増加率は僅かであります。反之、女生では八、九歳の二年間は發育率が惡いが十二、三歳の二年間は身長も體重も著しく増加するものであります。依て、之れに應じて食物も攝取しなければなりません。爰に於て調査いたしました學校辨當重量の割合を見ますと、男生では第一學年が量が少いやうに思はれ女生では一般に各學年とも稍々量がすくないやうであります。ことに發育の最もさかんである第五、第六學年の女生はことに少量過ぎるかと思はれます。これ一つは食事時間に長くかかることを恥ぢる惡い習慣から來て居ると思はれます。食事はゆっくりと充分に食物をかんで、愉快に濟ます習慣をつける樣に、家庭と學校とで相俟て改めたいと切望いたしましす。
 何んな御辨當がよいか、御辨當に限らず、家庭で食事する際にも、調理法がかはれば、飽きた食物も美味にたべられる如く、同じものも場所をちがへて食べればうまく味はれるものであります。夫れ故、兒童の御辨當は第一に分量を從來のものよりもう少し増加し、第二に、其のかたちを變へて時々海苔卷にしたり、五目やうにする、おかずは牛肉、鶏肉類は最もよいが、また里芋、豆類も適當であり、第三に、又時々パン食にするとパン食は兒童も喜びますが、決して金錢で與へぬ樣にして家庭で食パンを買て與へるがよろしい。サンドウヰッチのやうのパン片の間にバタ、ジャム、玉子燒等を挿むのは結構と思ひます。
 食パンを調べますと、大抵金四錢前後の費用を要したものでありますから、六十五匁の米飯に普通のおかずをつけたものと經濟上大差ありません。夫れ故この點から考へても、米飯の御辨當に代用として適當量のパン食を用ゐる事もよろしからうと思はれます。言ふまでもないが、菓子類ことに餡のはいったのを用ふるはよくない事であります。

(台町小学校資料『学校家庭通信誌』第三号 大二)


 
【付記】校医の調査は、女児、特に発育の最も盛んな第五、第六学年の女児の弁当重量の少なさを指摘、パン食のあり方への提言等、都会の学童の食生活の様子を伺わせている。