昭和十年九月二十五日
東京市長 牛 塚 虎太郎 印
東京府知事 横山 助成殿
名稱並學則變更ノ件申請
東京市立赤坂青年訓練所名稱並學則左記ノ通變更致度候條御認可相成度關係書類相添此段申請候也
記
一 舊 名 稱 東京市立赤坂青年訓練所
一 新 名 稱 東京市赤坂男子青年學校
一 學 則 別紙之通
一 右實施期日 昭和十年十月一日
一 添付書類
1 位 置 別紙之通(市立赤坂尋常小學校併置)
2 生徒槪數 別紙之通
3 經費及維持ノ方法 市負擔專任教員給 三七八・六〇外
府、市補助金及區費 別紙豫算書ノ通
4 學級編成豫定數 別紙之通
5 職員教職員ノ俸給及手當豫算額 別紙豫算書ノ通
以 上
赤坂區實業學校學則〔略〕
亥學第九三〇三號
昭和十年十月一日
第 一 案
東 京 市
昭和十年九月二十五日付教發第一、五九三號申請左記青年學校名稱並學則變更ノ件認可ス
昭和十年十月一日 知 事
記
東京市立赤坂青年訓練所
赤坂區實業學校
第 二 案
年 月 日 部 長
第一師團參謀長
麻布聨隊區司令官} 宛
本郷聨隊區司令官
青年學校ニ關スル件通知
東京市ノ設置ニ係ル青年學校左記ノ通リ改稱ノ件十月一日付認可候
記
舊 名 稱 新 名 稱
東京市立赤坂青年訓練所 東京市赤坂男子青年學校
赤坂區實業學校 東京市赤坂女子青年學校
(都公文書館資料)
【付記】明治後期に勤労青少年を対象とした実業補習学校が、大正末期には青年教育を推進するための青年訓練所が設置された。しかし、昭和十年青年学校令が公布され、青年訓練所と実業補習学校は、新たに設置される青年学校に統合されることとなった。教育内容も普通科、職業科のほか軍事訓練も加わり、戦時色の濃い内容に変わっていった。