今日,高度科学文明の所産とも言える現代人の余暇時間の増加,また生活水準の向上などによる生活様式の変化は,価値観の多様化をもたらし,自己啓発や豊かな個性の創造などに生き甲斐を求める時代を迎えるに至った。
そのための国民の学習意欲は,生涯の各段階において高まってきており,スポーツにおいても,その例外ではない。
区民のスポーツに対する関心や要求は,社会状況の変化とあいまって,見るスポーツから自らが参加するスポーツへと変わってきている。すなわち競技スポーツとして競技力向上をめざす層,或いは現代の省力化された日常生活の中での運動不足を解消し健康・体力の増進をめざす層,また生活の中でスポーツを楽しむ層やストレス解消のためにスポーツに興ずる層,さらにはスポーツ活動を行うことによって青少年を健全育成していくなど,スポーツへの欲求も多種多様化し,スポーツに対する意識の変革は進んでいる。
こうした中で一昨年に出された「臨時教育審議会答申」は,21世紀に向けての「日本の教育の基本的な在り方」を示すとともに,その一つとして,生涯学習体系への移行を主軸に,家庭,学校,社会を通じた教育改革の諸課題についての総合的,かつ基本的な提言を行っている。
とくに,「生涯スポーツの推進」に関する項では,「高齢化・都市化などの進展に対し生涯にわたり健康で豊かな生活を送るためには適切なスポーツ活動が不可欠であり,スポーツ活動・スポーツの観戦は我々の生活を豊かなものにする。今後は,個々人の生活環境に即してその健康と体力・好み等に応じたスポーツ活動が容易に行えるようにするため,地域,職域などにおいて多様なニーズに対応し日常的,継続的にスポーツ活動が積極的に行われるようにすることが重要である。また,学校体育と社会体育の連携を図る必要がある」と説明している。
また,東京都スポーツ振興審議会においても昭和62年7月24日,21世紀を展望した,「都民の生涯体育振興の推進策」として「東京都における生涯体育の振興策と推進体制の整備について」を答申している。すでに,本港区においても,昭和50年4月区行政の施策の基本的方向づけの大綱という性格を持ち,基本計画及び実施計画の指針となる「港区基本構想」の中で,「生涯体育・スポーツ」の振興についての基本的な考え方を含む一文が示されている。
この基本的施策大綱の重点的目標のなかの一つに「明るく豊かな人間性の形成」が掲げられており,その具体的説明として「人間形成は全生涯にわたるものであるから住民自ら不断の努力によって知識を修得し,豊かな情操と健康な身体を育成してゆかねばならない。このため,文教政策の充実,文化的諸環境の保全等をはかる必要がある」とその方向が示され,以後この課題に対する様々な区の施策が進められている。
ところで,スポーツ活動は個人の心身の健全な発達を促すとともに,豊かで活力に満ちた社会の形成に果たす役割も大きいものがある。スポーツが個人の楽しみ,生きがいから出発したとしても,人と人とのふれあいを求めスポーツ活動を楽しむ人々の広がりが年毎に高まり,区民が年齢や体力に応じた生涯にわたるスポーツに親しむ「生涯スポーツ」というとらえ方が広がることが望まれる。近い将来に人口の高齢化がもたらすであろう生きがいや健康維持等,多くの課題への対応も,各方面から指摘されていることは周知のとおりである。さらに,都心部では定住人口の減少や地域社会への無関心層の増大,自然環境の破壊に伴う精神的なうるおいの減少などによって,地域社会の連帯意識が稀薄化してきている。とくに都市生活者の場合,個々人の時間と空間が分断されている。連帯の回復の有効な手段は一に,学校,職場,地域,趣味,芸術等を通しての仲間づくりである。また,スポーツによる人と人とのふれあいが,職場社会では味わえない人的交流や地域づくりや,さらには街づくりなどのコミュニティの育成にも,大きな役割を果たすものである。年齢にかかわらず,また障害をもつものも含め,すべての区民がそれぞれの能力や状況に応じて,生涯にわたりスポーツに親しむことは社会状況の変化の中でより意義あることと考える。