私立中學東京英學校
右者是迄京橋區築地二丁目十三番地ニ開業仕居候處都合ニ寄今般赤坂區青山南町七丁目一番地江轉校仕候付此段御屆申上候也
明治十六年七月四日
赤坂區青山南町七丁目一番地
東京府平民
右校主 板 垣 歸 一 印
學務委員
木 寺 安 敦 印
東京府知事 芳川 顯正殿
前書之通屆出ニ付奥印候也
東京府京橋區長 林 厚 徳 印
赤坂區學務委員 羽 田 均 印
私立學校教則等改正御認可願
私儀
從前東京英學校設置開業仕居候處今般校名改稱致シ教則等別紙之通改正更ニ開業仕度候條御認可被成下度此段奉願候也
明治十六年八月二十四日
赤坂區青山南町七丁目一番地
東京府平民
校主 板 垣 歸 一 印
東京府知事 芳川 顯正殿
前書出願ニ付奥印致候也
赤坂區學務委員 高 橋 基 一 印
赤坂區學務委員 木 村 宗 三 印
東京府赤坂區長 渡 邉 孝 印
〔別紙〕
第一款 設置之目的
本校ハ英語、漢文、希臘語、獨乙語、修身、地理、歷史、數學、天文、博物、生理、物理、化學、地
質、經濟、記簿、論理、心理ノ諸學科ヲ教授スルヲ目的トス
第二款 名稱
東京英和學校ト名ク
位置
赤坂區青山南町七丁目一番地
〔略〕
(都公文書館資料)
【付記】青山学院の前身。明治七年メソジスト・エピスコパル教会宣教師スクンメーカーと津田仙が麻布に開設した女学校と明治十一年同教会信徒の宣教師によって創設された男子校と明治十二年横浜に設けられた宣教師マクレイによる美以神学校の三校が合併して明治十五年に創立。