(22) 本村町貝塚(南麻布三丁目八番、十一番)

56 ~ 57 / 1465ページ
【本村町貝塚】 南麻布三丁目八番伊藤氏邸内に貝塚が存在しているのを、われわれ研究者グループで実査しており、港区内の縄文文化の貝塚としては最大級かつ典型的なものといえる。
 四ノ橋で古川を渡り、薬園坂を上って左へ折れた丘陵上から南向きの急崖の部分に営まれており、その一部は崖下におよんでいる。現在では丘陵に前述のとおり伊藤英雄氏の住宅があり、その邸内から崖端にわたって貝塚の存在が認められ、さらに崖の斜面から崖下の船渡河氏の宅地内にまで貝殻の堆積がみられる。
 これによって、貝塚の南北の広がりを推定することができるが、東西の広がりについては、すべて宅地やビルが立ちならんでいるため、調査が十分にできていない。おそらくは、その東方の部分に、この貝塚の中心部があるものと想定される。
 この貝層から発見された土器は、諸磯式土器を主体としており、それより一段階古いといわれる黒浜式土器も発見されている。それらはいずれも縄文文化前期のものと考えられるので、港区内の貝塚としては年代が古く、かつ規模も大きいものであって、学術的にも希少価値をもつといえる。こんご十分な保護を加えるとともに、本格的調査・研究を具体化する必要がある。