第二節 鎌倉時代の武蔵国守護と国司

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 鎌倉時代において国々の行政一般を管掌する役職は、幕府の任命にかかる守護と、朝廷の任命による前代以来の国司とである。
 守護は周知のとおり文治元年(一一八五)十一月に設置されたので、幕府の有力御家人を国ごとに一名任命し、主として国内の御家人の統制と、大番役の催促、謀反人、殺害人の逮捕にあたらせた。幕府の任命により武家の就任する地位である。これにたいし国司(その筆頭の官が国守である)は、朝廷により任命され、公家、あるいは時により武家がその職についた。
 武蔵国の守護についてみると鎌倉時代を通じて武蔵の守護何某と明記した史料はまったくみられない。(佐藤進一『増訂鎌倉幕府守護制度の研究』六一頁)。
【平賀義信】 武蔵国は元暦年間(一一八四)以後、源頼朝の知行国となり、その家人である平賀義信が武蔵守に任ぜられている。その後、十三世紀に入ってからは北条氏の一族で有力者であった北条時房が武蔵守となり、国務をとり扱っている。
 このように武蔵国では、守護は鎌倉時代、一度も置かれずに、国司の設置をみるのみであるので、国司について今少しその経過を述べてみたい。
【知行国】 前述した源頼朝の知行国は、文治二年(一一八六)三月ごろで、あわせて九カ国を数えることができる。知行国とは、平安時代後半から起こった制度で、一国を知行する権利を、特定の個人あるいは寺社などに与え、その国からの年貢、公事など、税金すべてを収得させるものである。このような特権を与えられた人を知行国主、あるいは知行主という。知行国主は自己の一族、家臣などを選んで、その国守に推挙し国政にあたらせた。国守の任命を本来の任命権者である朝廷がするのではなく、知行国では知行主がするのである。かかる知行国を鎌倉時代のはじめに頼朝は九カ国を獲得したのである。関東御分国ともいう。その国々は、相模、武蔵、伊豆、駿河、上総、下総、信濃、越後、豊後の九つであり、武蔵もその一つであった。
 『吾妻鏡』の治承四年(一一八〇)十月五日の条によると、武蔵諸雑事などが江戸太郎重長に仰付けられている。ついで元暦元年(一一八四)五月二十一日の条に、頼朝は書を京都へ送り、一族の源氏のなかから、範頼、広綱、義信らを一州(一国の意味)の国司に任命してほしいと奏聞している。この文章をうけて、『吾妻鏡』の元暦元年六月二十日の条をみると、去る五日に朝廷で小除目(じもく)(朝廷で大臣以外の官吏を任命する儀式のことを除目といい、その小規模なものがこれである)がおこなわれ、武蔵守に義信が任ぜられたとみえる。いうまでもなく、頼朝の推挙がかなえられたのである。この義信という人物はどういう人なのであろうか。
 『尊卑分脈(そんぴぶんみゃく)』という系図がある。数ある系図のなかでは信頼度の高いものであり、その源氏の部分をみると、つぎのようにみえる。

[図]

 義信は頼朝の父、義朝に従って平治の乱に参加しており、その旧好により文治元年九月に義朝の遺骨を鎌倉の南御堂に葬った際、頼朝に従って儀式に参列している。また、これより一カ月早い八月二十四日には、下河辺行平が鎮西より帰国した宴席に連なり、『吾妻鏡』では、「二品[頼朝]出御、武州[義信]、北条殿[時政]已下群参」と記し、北条時政と同じ扱いをしている。
 義信は、頼朝よりやや年長であり、ほかの源家の一族の多くのように、途中で頼朝に滅ぼされることなく、頼朝の沒後、しばらくして死んだらしい。その生没年とも確かなことはわからないが、草創期の幕府にあって重臣の一人として、かつ優れた行政官の一人として重きをなし、十三世紀はじめにその生涯を終わったのである。
【義信の治績】 武蔵国司としての平賀義信の功績について、『吾妻鏡』を中心としてみてみよう。
 建久六年(一一九五)七月十六日の条に、武蔵国務の事について義信の成敗(政治のとり扱いなどのこと)が民庶に大変叶っているので、頼朝からおほめの文書が出されたと記し、ついで、これから国司たるものは、この義信のとった方法を範として実施せよといい、大変なほめかたであった。
 承元元年(一二〇七)は、義信の没後ではあるが、新しく武蔵の国守となった北条時房にたいし国務のことは故武蔵守義信の例にならって、沙汰せよとの指示がなされている。
 承元四年(一二一〇)三月十四日の条に、武蔵国で田文の作製をしているが、この記事のなかで建久七年(一一九六)に国検がなされたということが書かれている。建久七年は義信の在任中であるから、武蔵国の国検(土地や生産物の高などを国単位で調査すること)が国守義信の手によりなされたことがわかる。
 このように二、三の例に示されたごとく、平賀義信の武蔵国において果たした役割には、かなりみるべきものがあったことが知られるのである。(なお、「田文」については一一九ページ参照。)