(三) 門前町のにぎわい=開帳

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 広い敷地と大きな伽藍をもつ寺院にとって、それを経済的に維持していくことは容易なことではなかった。とくに、度重なる火災や風水害など災害による寺社の損壊を修復再建するためには、経常的な収入だけでは不十分であり、臨時に、それもかなり多額な経費を必要とした。そこで、特別な縁故をもたない寺社は、いわゆる開帳や縁日を催すことによって、財政的な援助を講ずることとなる。
 先にものべた元禄元年(一六八八)の「寺院古跡新地之定書」は、寛永八年(一六三一)までに成立した寺院を「古跡」、それ以後のものを「新地」として区別し、さらに元禄五年の町触れによって、寺院の新規建立を厳しく禁止した。これを機に、それまで朱印地・黒印地を拝領していた寺院は、財政的に幕府の保護から切り離され、そのうち多くの寺院は、みずからの経済力で寺院経営をおこなう必要があった。有力な本末関係にある寺院、檀那(だんな)に多くを依存できる菩提寺を除いて、多くの中小寺院は組織的な経済基盤をもっているわけでもなく、自力更生の道にはきわめて厳しいものがあった。
【「聖」と「俗」の混在する「広場」】 このような背景のもとに、寺社が寺内の神仏、秘宝などに神秘的な霊験を期待することは、現世的な経済的更生はもとより、新たな宗教的布教策としても一挙両得であったと思われる。寺社の催す縁日や開帳は、寺社にとって表向きは尊い布教の日々であり、あくまでも〝聖〟なる世界である。それは参詣する民衆の側でも同様であろう。しかし一方で、現世的には寺社はそこに経済的利益を期待し、民衆もまた同様に何らかの〝ご利益〟にあずかろうと期得する〝俗〟的世界があった。縁日や開帳の賑いとは、〝聖〟を手段にしながら〝俗〟的世界を楽しみ、そこに何がしかの利益を得るところにあり、その傾向は幕末期に至るに従って強くなってきている。そして、門前町とはまさに聖と俗とが混在する〝広場〟としての性格をもつ。
【縁日】 港区内で催される主な縁日は年間をとおしてかなりあり、主なものは表37のとおりである。神仏に何らかの縁があって、祭典や供養の行なわれる縁日には、定期的なものが多く、その日には臨時に市(いち)が開かれることもあった。古くはこの縁日の市が定着して、そのまま門前町屋を形成するような例もあったと思われる。
 縁日は寺社の祭典・供養としてある程度定期的なサイクルがあり、その意味では周辺地域に居住する住民にとってその日常生活の一部分をなすものとして開帳よりも身近な存在であったと考えられる。他方、開帳は定期的なものもあるが、不定期、臨時的なものが多く、その規模も縁日に比してかなり大がかりであった。
 

表37 港区地域の縁日一覧

一日

二日

三日
四日
五日
六日
七日

八日

九日

一〇日
一一日
一二日
一三日
一四日
一五日
一六日
一七日

一八日
一九日

二〇日
二一日
二二日
二三日
二四日
二五日
二六日
二七日
二八日
二九日
三〇日
子の日
寅の日
申の日
庚申の日
金刀毘羅神社(芝琴平町)、烏森神社(芝新橋三丁目)、正伝寺(芝金杉二丁目)、大
久保寺(白金三光町)、七面天(麻布十番)、浄土地蔵(赤坂一ッ木)
汐見地蔵尊(伊皿子大円寺)、日比谷神社(芝口)、新堀不動尊(新堀町)、秋葉神社
(麻布飯倉)、種徳寺薬師堂(赤坂台町)
久国稲荷(麻布谷町)、梅窓院観音(赤坂青山南町)
鬼門除地蔵(芝三田)
烏森神社(新橋三丁目)、祥雲寺不動(麻布広尾祥雲寺)
新堀町不動(新堀町)、六地蔵(豊岡町)、浄土寺地蔵(赤坂一ッ木浄土寺)
大神宮(神明町)、六本木観音(麻布六本木)、弘法大師(麻布飯倉)、地の森稲荷(
麻布四ノ橋)
愛宕薬師(愛宕町)、福昌寺(伊皿子)、鬼子母神(麻布霞町)、善光寺(赤坂青山北
町)
雷神山(白金三光町)、春日神社(三田春日神社)、宇田川町不動(芝宇田川町)、久
国稲荷(麻布谷町)、七面天(麻布十番)、豊川稲荷(赤坂表町)
金刀毘羅神社(虎ノ門)
烏森神社(新橋三丁目)、浄土寺地蔵(赤坂一ッ木浄土寺)
大円寺(伊皿子)、愛宕薬師(愛宕町)
久国稲荷(麻布谷町)
鬼門除地蔵(芝三田)、善光寺(赤坂青山北町)
烏森神社(新橋三丁目)、高野山別院(二本榎)、祥雲寺不動(麻布広尾)
新堀不動(新堀町)、豊岡地蔵(豊岡町)、浄土寺地蔵(赤坂一ッ木)
大神宮(神明町)、六本木観音(麻布六本木町)、梅窓院(赤坂青山南町)、荒川不動
(西久保巴町天徳寺内)
鬼子母神(麻布霞町)
宇田川町不動(芝宇田川町)、雷神山(白金三光町)、久国稲荷(麻布谷町)、七面天
(麻布十番)
円山稲荷(二本榎)、金刀毘羅神社(芝琴平町)
浄土寺地蔵(赤坂一ッ木)、鷲の森神社(麻布四ノ橋)
大円寺地蔵(伊皿子)、桜田神社(麻布桜田町)、種徳寺薬師堂(赤坂台町)
大久保寺(白金三光町)、久国稲荷(麻布谷町)、梅窓院観音(青山南町)
鬼門除地蔵(芝三田)、覚林寺(芝)、愛宕神社(愛宕町)
烏森神社(新橋三丁目)、広尾稲荷(麻布広尾町)、祥雲寺不動(麻布広尾)
新堀不動(新堀町)、六地蔵(豊岡町)、浄土寺地蔵(赤坂一ッ木)
大神宮(神明町)、六本木観音(麻布六本木)、善光寺(赤坂青山北町)
鬼子母神(麻布霞町)、荒川不動(西久保巴町天徳寺内)
久国稲荷(麻布谷町)、梅窓院観音(赤坂青山南町)、雷神山(白金三光町)
七面天(麻布十番)
不動(芝宇田川町)、清正公(白金今里町)
大法寺(麻布一本松)
正伝寺(芝金杉浜町)、天現寺(麻布広尾)
常照寺(芝高輪)

(注) (『大東京史蹟名勝地誌』より作成)。