【幕末期の諸家】

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 次に、幕末文久期(一八六一~)の『人名録』から港区内の芸苑諸家の特徴をみよう。これら『人名録』には、詩文書、詩書画のように二~三種の分野を兼ねる者もいるが、総数三九の分野に分類されている。もっとも多い分野は画家の五九名であるが、化政期に最大であった狂歌師は、採録基準の相違にもよるが、ただの一名である。次いで、書家、俳諧師、儒者と続くが、いずれも一〇~一二名ほどにすぎない。また書画とする者六名も居住するが、これは書家と画家を兼ねる者と解され、ここでの画家とはどのような人物をいうのか詳かでない。なお、同書では浮世絵師のような分野は含まれていない。また、いずれも一名を数えるにすぎないが医詩、儒医、医書、軍学歌など医術や軍事など実用的な芸苑諸家もみられる。
 地域的な分布は、化政期とほぼ変わるところはなく、やはり芝地区に多数居住しており、次いで麻布、青山、桜田、三田、赤坂の順に多いが、いずれも港区内では比較的人口の集中した市街地を形成したところである。
 このように人名録にみる芸苑の諸家、文人たちは、港区内にも当時かなり居住していたが、彼らは他国からの遊学者の学び・集う所に限らず、やはり彼らの居住地域の「市井の知識人」としての役割をも果たしたのではなかろうか。なかには、すでに隠居の諸家もあり、彼らは自らの芸苑に限らず、庶民の実生活のうえでの知恵袋として、あるいは時として、その指導的な立場にあったものと推測される。
 
表46 幕末期文久年間諸家人名録
『当時現在広益諸家人名録』。『文久文雅人名録』より作成。
 虎 門■および△印は物故者。
 書 画
  画
  儒

  画

■ 画
△ 画

虎丘
桜台
幽竹

真哉

琦石
一亭

名清〓 号虎丘堂
名惟一 岩本家藩
名穆字清風
三田藩
一号鶯谷
丸亀藩
宮津藩
名定和
横須賀藩
虎御門内汐見坂
虎御門内
虎ノ御門

虎ノ御門外

虎御門内
虎ノ門内

菊田五朔
菊田二十二
田畑鉄平

森俊次郎

西村琦石
土屋錫太郎


 

 芝

 儒道学

 雑 学

  詩

  画
 詩 書

  儒
  儒

  儒

  画
 墨 竹

  画

  画

 左筆
  画
  書
 画連歌

  書
 詩文書

 儒 書
  画

  画
 詩 文

△ 俳
△ 俳
△ 画

△ 画
△ 書

△ 画

△詩 画
△俳 書
△ 印
△軍学歌
■画 竹
△書両俳
△ 俳
△和 歌

  哥
 医 詩

韋軒

春町

桐隠

一信
蛻窩

灞山
方庵

宕陰

南堤
南畝

雲洞

雲梯

養愚
后素
梯山
鼎湖

愛山
杏雨

秋帆
春香

石舟
蕉陰

岱々
竹苞
墨山

武信
芥舟

磊石

無問
大橘園
香山
直臣
墨斎
素山
千兮
久蔭

信之
蓬洲

名胤永 字子錫
会津藩
名秋 字寿平
別号桂楼
名良 字赤城
赤穂藩
号顕幽斎
名信 字立輔
池田侯内
名徴 字子信
名詰夫 字文明
一字大有
名世弘 字毅侯
号九里香園
名潜 字仲淵 在宿一六
一号独耕
又竹蔭舎
名祚胤 字叔昌
号盤固軒
名正孫 字初彦
号逢堂
名常春 字元禧

名章 字伯達
名幸雄 号唯一閑人
又載龍堂
酒井侯藩
名芳 字蘭叔
号静斎 晝前在宿
名敦 字舜臣
名豊 字春香
号蘭苕斎 在宿五十
名勝旨
名羽 字中羽
会津藩
号松寿庵
号閑呼庵
字重照 号一渓
又訪仙斎 甲州人
号古川
名張吉 字子譲
号篁村 小野藩
名賢 字尚反
号花蹊堂 長瀞藩
号乾坤亭又日紫芝園
名常政
名僊 号梅圃
会津藩
号清風自在
名之 号吐月庵
号五窓楼
号竹廼家 俳号鶯笠
長瀞藩
小田原藩
名以文 号快哉堂主人
備前人
芝新銭座

芝神明社内

芝浜

浜松町二丁目
芝烏森

赤羽根川岸
赤羽根川岸通

赤羽根

芝赤羽根河岸横町角
芝山内隆崇院

愛宕下二斉小路

芝口二丁目裏通

芝南新網町
愛宕下
芝金地院境内
芝神明宮神官

芝愛宕下
芝金杉会津藩

芝新銭座
芝片門前二丁目

芝口中川侯藩
芝金杉

芝新堀
愛宕下
芝山内燈籠仏家客居

芝浜松町一丁目
愛宕下

愛宕下

芝山中妙定院主
芝口西側町
本芝四丁目
芝新銭座
愛宕山客居
愛宕下
愛宕下中山侯藩
愛宕下

芝浜手
愛宕下

秋月悌次郎

恋川清十郎

神吉良助

逸見信
大島堯田

東條孝太郎
東條主譱

塩谷甲蔵

田中南堤
釈霊山

鏑木雲洞

渋谷安兵衛

荒川養愚
並河瀬左衛門
糟屋元蔵
鏑木内人

鈴木昇
馬島瑞園

高島喜平
西村春香

河合石舟
木村熊之助

山本岱々
並河鎮之助
釈順亮

太田栄二郎
藤田官兵衛

嶋田新兵衛

釈海成
荒川八十吉
銭兵左衛門
野村左兵衛
釈湛秀
並河鍬五郎
岡崎喜十郎
広瀬汀

吉岡儀太夫
益田左伝


 

 飯 倉

  詩

  画
  画
  画

△ 画
魯斎

寛一
寛畝
寛斎

寛快
名履 字叔道
又号〓々庵

字雲居 在宿六日
名徳哉 字吉士
一名融 連月会五日
安政七申正月九日没
赤羽根森本

芝飯倉森元丁
芝飯倉森元丁
芝飯倉森元町

飯倉森本
川嵜魯助

荒木寛一
荒木季一
江崎寛斎

荒木寛快

 

 西久保

  画

  画
  画

梅痴

素山
雲嶂

名証存 字永年
一号孤雲
名令名 字□皎
名義質 字文郷
一号護霜亭 浜田藩
西久保

西ノ久保城山
西久保

光明寺

斉藤惣左衛門
大野伝重郎


 

 三 田

  書

  画
 書 琴
  画
 和 歌

△ 画

△ 画

△ 画

△ 書
△画 俳
△詩書画
△ 儒

△ 俳
△ 印

陸舟

霞崖
柯亭
寛栗
薊園

貞斎

永暉

蘭崖

蓮堂
半山
檉窻
桧渓

尋香
半谷

名寛 字而栗
阿州藩
名善 字子慶
名泰 会津藩
小田原侯藩
名久敬
島原藩
名正義 字子礼
号希章
名永暉 字笛樵
阿州藩
名照国
久留米藩
名豊厚 字礜郷
名長安 字希淵 号二夜菴
名最棠 字充玄
名朴 字子朴 号踏雲
嶋原藩
号時雨庵
名清 字水青 号青堂
阿州藩
三田春下

芝三田
三田綱坂
三田小山
三田

三田一丁目

三田一丁目

三田

三田一丁目
三田
三田小山
三田春日上

三田三丁目
三田一丁目

近藤林輔

滝山寛輔
武井完平
高崎柳意
瀬戸四郎太夫

三木貞蔵

永村富八

中村俊蔵

平野鉖九郎
高木紋次郎
永隆寺
河田朴

小川尋香
福岡友弥


 

 高 輪

  詩

  書
 和 歌


△歌 俳

△ 俳
梅南

芳塢
輪海
冠翠

猿枝

由地
名遵 字大路
号宵絢斉 明石藩
号輪海又観深深堂
名保祐
名庸 字展親 神戸藩
別号玉庵桂峰暘谷蠖堂
名義朶
号慈竹庵 明石藩
月菴
高輪庚申堂横町

高輪中町
高輪
高輪庚申横町冠岳改

高輪庚申堂横町

芝高輪
津田梅南

田中芳塢
田中権左衛門
沖冠翠

脇屋小十郎

観世権八

 

 白 銀

  画

  詩
△ 画

△ 印
永暉

柴軒
蘇雪

恪斎
名永暉 字笛樵
阿州藩
名鼎 字鉉仲
名敬光 字源渡
号蘭谷菴 肥後藩
名友直 字精郷
白銀台

本白銀町四丁目
白銀

白銀台
永村富八

島村鼎甫
吉岡源四郎

武市昇之助

 

 桜 田

  儒

  画
 道 学
 詩 文
 書 画
  画

 歌 学
△ 画
△ 俳

△ 印

△ 印

△ 書

△篆 刻

△医 書

△詩 文
  印
△ 儒
合章

南曄
篁斎

和菴
天帚

久蔭
桂窓
雄平

梅外

寸所

裕斎

文亭

許里

霧洲

鷲山
名式 字民徳
杵筑藩
名章郷 字政辰
名方 字子儼
岩附藩
名胤常 字子敦
名裕 号有竹山房
戸田侯藩
号麓居
鯖江藩
名晃一号露窓又号玉雪庵
一号三雅 戯号森羅亭竹抜為軽
名政道 字子典
唐津藩
名準 字正郷
唐津藩
名勝敬 字君直
一号弁池 杵築藩
名貞宜 字叔時
杵築藩
名順 字大明
米沢藩
名觿 字蘭韻
別号漁丘 播州福本藩
名長有 字無公
外桜田

桜田伏見町
外桜田

外桜田
桜田

外桜田
外桜田
桜田久保町

外桜田

外桜田

外桜田

桜田御門外

外桜田

桜田久保町

外桜田 盛岡藩
小川弘蔵

吉田勝太郎
郷左司馬

匝瑳六郎
有竹衛門

杉山内記
津田浦次郎
樋口仁左衛門

曽根直三郎

曽根隼之助

木元鉄之助

加藤平左衛門

猪股松亭

岩本祝之進

伊藤三平

 

 麻 布

  画
 書 画

  画
  儒

  画

  儒

  画

  儒
  画

△ 画

△ 儒

△書 画
△経 学
 詩 画
△ 書
△ 俳
△ 俳
△ 画

△ 画

△ 画
蘭崖
能連

寛僲
楊園

蕙石

崑陽

秋翁

静斎
西溟

秋暉

嶺南

来蟻
金岱

棲錘
乙芽
菫路
晁岡

雨村

麻郊
名信古 字好古
字百谷 号慶義又金斎
又桃翁又原郷 在宿四ノ月
縁山臣
名妥素 字行 号臥雲
○扇和書屋 高木侯藩
名信敏 字有功
蘭崖男
名清字洪寧
白川藩
名秋暉
小田原藩
名正勝
名西溟 字西溟
一号秋村 白川藩
文久二戌九月二四日没
小田原藩
名孚 字元吉
居近仙居

一号唐沢 元岩崎姓 白川藩
上毛新田人
名暉綱 字権錘
名道筧 号嚶堂
名霞堂 又清友
名朝綱 字晏岡
権錘弟
名義真 字君実
号秀芳斉 又雪窩
白川藩
麻布宮下町
麻布

麻布十番
麻布筓橋

麻布宮下町

麻布竜土

麻布六本木

麻布マミ穴
麻布竜土

麻布

麻布ガセンボウ

麻布永坂
麻布竜土

麻布マミ穴
麻布狸穴
麻布狸穴
麻布マミ穴

麻布三軒家

麻布竜土
川窪要人
常宝院

早瀬寛之祐
竹内行助

川窪六郎

筑井又左エ門

岡本祐之丞

堤省三
栗原才二

岡本祐之助

保岡元吉

林来蟻
安川繁成

都甲権之助
角野峯治郎
牧乙芽母
都甲次郎

十川新太郎

細井庄之助

 

 赤 坂

  書
 律 学
 儒 医

  詩

△ 俳
△ 書
△ 書

△狂 歌
△俳 歌

△俳 茶
△ 画

蘭村
正名
欽斎

春靄

乙雄
茜陵
逸庵

輪月生
梅香

一鷗
翠渓

名譼 字子民
雲州藩
名孝愛 字士敬
川越藩
名昭 字九成
長州人
号旦暮菴
名知言 字顧行
名保文 字三輔 号至静
松代藩
名和合亭 又自琢堂
名正文 号軒月楼
松代藩
号俳茶林
号重喜
大垣藩
赤坂
赤坂
溜池

赤坂今井谷

赤坂仲之町
赤坂鈴降稲荷前
赤坂南部坂

赤坂田町二丁目
赤坂南部坂

赤坂新店
赤坂溜池

成満寺
矢島庄三
石井欽四郎

日野貞衛

西村佐野右衛門
鈴木伴三郎
山下頣十郎

長和助
岡田新兵衛

大久保一鷗
水谷喜〓


 

 青 山

 書 画
  画
  画
  画
△ 画
△ 画

△ 画
△ 画

△ 画
△ 画
△ 画
△ 画
△ 画
△ 画

△ 俳
△ 画
△ 画
△小 説
 雑 学
竹菴
良年
南谷
謙山
声感斎
雪崝

寿斎
松台

永峰
玄台
霍山
南園
朴宇
対山

卓郎
一声斎
雲岳
靛山

相州早川住

名騶 字伯郷
名直 字子行
名仙朝
名貞喜 字子幹
一号緑岡
名仙庭
名良 字温仲
玄対孫赤水男
松台門人相州国府村住
字永昂 玄対孫赤水次子


西条藩
字宗明
玄対孫赤水三男

名霍仙 字寿信 又鼎甘楼

名正巽 字子止 別号〓〓

青山緑町玄台客房
青山百人町
青山横山横町
青山百人町
青山山岸
青山ヲンデン

青山若松町
青山百人丁織田家内

青山緑野町玄台客居
青山緑町
青山山岸
青山相模殿町
青山百人町
青山緑町町屋敷

若松町
青山若松町
青山権田原
青山ヲンデン

長泉寺
戸倉勝之助
内山辰四郎
真田宋之助
岡田真之助
山嶋金次郎

神尾寿橘
渡辺又蔵

龍峯寺
井上玄台
金沢直次郎
久保田南園
小林良主
内田力之進

孤山堂卓郎
神尾某
平岩雲岳
原田端太夫


 
 増上寺の真裏の森の下という意味での飯倉森元町の町内には、先生小路と俗称された路地があり、服部真蔵(学者)、服部小右衛門、服部甚助(いずれも詩)、渡辺忠蔵、内田又蔵、矢野〓斎(いずれも画家)、松岡清助(有識故実)など著名な先生方が居住していたという。そして、その裏手には長崎から参府したオランダ・カピタンに同伴した外国人学者なども宿泊した赤羽接遇所(外国人宿所)があった。
 このようにみると、港区地域はすでに近世中期には、江戸市中のなかでも文教地区としての様相をみせ、多くの文人墨客、知識人の居住する一帯となっている。それは背後に広大な武家地や寺社地が散在し、そこに学問・教養を備えた多数の武家や僧侶が住んでいたためと思われる。そしてそのような環境のもとに、江戸城南地域のもつ独特な文化の雰囲気が芽ばえてきたと考えられる。