品川電燈株式会社

506 ~ 510 / 1465ページ
 わが国の電燈点火は明治十一年三月二十五日、京橋木挽町に新設された東京中央電信局の開業式祝賀会場においてなされたのが最初であったが、同十五年に至って大倉喜八郎らの発起で電燈会社設立を東京府に出願、翌十六年二月、東京電燈会社の設立をみるに至った。同二十二年四月、芝区田町四丁目に設立されたのが品川電燈株式会社で、同二十四年当時における日熱電燈取付個数は一四七〇燈といわれ、市全体で約一万三〇〇〇燈ぐらいであったというから、約一割を占めていたことがわかる(『東京府史』行政篇第三巻)。
【日露戦争以前の主要工場表】 日清・日露の二つの戦争を通じて日本資本主義は飛躍的に発展していったが、日露戦争以前に港区地域で設立された主要な工場を列挙してみると、工業進展の状況がよくわかる(表11)。
 

表11 日露戦争以前の主要工場(開設年別)   明治三四・一二・三一現在の稼動工場

設立年月工 場 名所 在 地所 有 主生 産 品 目動   力職工数
機関数馬 力
二年 三月大塚靴工場芝区露月町二一大塚岩次郎一七五
七年 七月山本酒造工場麻布区北日ヶ窪四〇山本松五郎酒類・ラムネ三・六〇一〇
八年芝浦製作所芝区芝金杉新浜町一(名)三井鉱山蒸気電気機械三〇〇・〇〇四四一
一四年緒明造船所芝区品海第四砲台緒明菊三郎船舶及諸機械二五・〇〇一八〇
一五年 六月東京電車鉄道工場芝区汐留町二の一電車線路用金物一〇
一六年 八月田中製革工場芝区白金台町二の四九田中幸吉牛皮二五
一八年 一月国友工場芝区新堀町二国友武男諸機械五・〇〇二三
一八年一〇月東京瓦斯第一製造所芝区浜崎町三東京瓦斯(株)ガス四二・〇〇七三
一九年 五月富岡機械製作所芝区田町二の一八富岡米蔵汽罐溜器一五・〇〇一五〇
一九年一一月真島機械工場芝区三田豊岡町九真島磯五郎ラムネ製造機械一〇・〇〇一四
発動機 印刷器
二〇年 四月東京製綱(株)麻布区本村町一四五麻綱八一・〇〇一五三
二一年 五月東京機械製造(株)芝区三田四国町一八諸機械三五・〇〇二〇
二二年 四月品川電燈(株)芝区田町四の四点燈三〇〇・〇〇三〇
二三年 三月池貝鉄工所芝区本芝入横町一池貝庄太郎ガスその他機械一五・〇〇二五
二三年 五月井手分工場芝区本芝下タ町一八井手雄平蒸汽罐・橋水路一五・〇〇五〇
鉄工具・諸機械
二四年 五月東京電車馬糧工場芝区汐留町二一馬糧わら八・〇〇一三
二四年 五月進歩館赤坂区青山北町六の四八宮武南海書籍・雑誌一〇
二四年 七月吉村器械工場芝区西応寺五三吉村鉄之助電気・船具一二・〇〇九〇
二六年 八月畠中工場芝区三田豊岡町二畠中友次車輪器械六・〇〇二〇
二六年 九月田岡工場芝区本芝一丁目二三田岡忠次郎諸機械七・五〇三五
二七年 四月日本壁紙(資)芝区三田四国町二壁紙一二
二八年 二月須崎工場芝区本芝下タ町一八須崎兼作機械用鋳物三・五〇一三
二八年 五月井口工場芝区三田四国町二井口常次郎諸器械三・五〇一五
二九年 四月宇野沢機械工場麻布区麻布新堀町七宇野沢辰雄諸機械三・五〇二一
四月日本坩堝製造所芝区三田小山町三日本坩堝(資)坩堝六・〇〇一八
四月東京電気(株)芝区三田四国町二電気機器八・〇〇七三
六月塚本工場芝区三田横新町一二鋳物類三・五〇二二
二九年 八月鈴木工場芝区本芝人横町一鈴木英吉汽罐・諸機械三・〇〇一六
九月藤島工場芝区新堀町一二藤島兵太郎諸機械五・五〇一五
九月白木工場芝区西応寺町六〇砲金鋳物二・五〇二〇
三〇年 八月金杉鉄工場芝区金杉川口町二一桜井富蔵蒸汽罐・煙突一九
一一月朝比奈工場芝区横新町一三諸機械三・五〇一二
三一年 七月竹村糸工場麻布区富士見町五三竹村春吉金銀モール・綿絹・組物五・〇〇一一
三二年 一月東京螺子製作所芝区本芝二の一〇松本武平螺子四・五〇一六
五月東京麻布沃硝製造工場麻布区広尾町一二二硝酸加里・沃度五・〇〇一一
八月東京木管製造所芝区三田豊岡町一三木管・木工具一〇・〇〇一九
九月日本電気(株)芝区三田四国町二電気機械四〇・〇〇一六五
一〇月山越工場芝区本芝三の八山越秀太郎諸機械一六・〇〇六八
一二月改良元結製造(資)芝区白金志田町六〇元結一四
三三年 五月東京測量器械製造会社芝区三田小山町二〇測量機械一二・〇〇一五
五月小川工場芝区三田四国町二小川正次郎鉱業機械三・五〇一〇
五月浅田毛織物工場芝区三光町二四段通・毛織物一五
七月小島工場芝区神明町二一紙箱三・〇〇五四
一二月村井兄弟商会東京工場芝区田町二の一三(株)村井兄弟商会刻・巻煙草一五・〇〇六六〇
三四年 一月関莨製造所芝区芝二葉町一三関久四郎刻煙草七・〇〇三六
四月大塚工場芝区田町二の一七鉄道諸機械三・〇〇一四
一一月村井兄弟商会三田分工場芝区三田四国町二(株)村井兄弟商会刻・巻煙草五・〇〇五八
一二月丸山燃寸製造所芝区白金志田町二一マッチ一一

 
 工業立地のもっとも卓越した芝区内工業をみると、明治二十八年では二四工場、職工数二二一五人であったのが、同四十一年では七二工場、職工数四九八四人と増加を示している(『東京府統計書』)。
 芝浦付近の工業的発展に重要な役割を果たしたのは、明治三十九年からはじまった隅田川口改良工事、すなわち東京港修築による埋立地の竣成である。これにより埋立地は、東京港およびそれに付随する倉庫街として特異な発達をとげるとともに、工場地帯として著しい躍進を示すに至るのである。