第四節 苦悶する街の精神風景

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 昭和三十年代から四十年代にかけての市街の激変は、近代化という名の新しい衣装を街にもたらしていったが、一方その陰に、病める街の精神風景をも描いていったのだった。
 その時代の流行をリードし、さまざまな人間が往き交う文化と人間の洪水の街・港区は、そのまままたその時代を反映しての、新しい犯罪発生の地をも提供していくこととなっていった。
 昭和四十三年十月、「東京」への幻想に裏切られた連続射殺事件の少年の第一の犯行も東京プリンスホテル(芝公園三丁目)のエメラルドプール脇で起こされたものであった。あるいは、無差別不特定対象の犯罪ともいわれた青酸入りコーラ事件も、高輪二丁目の第一京浜国道添いの電話ボックスであった(昭和五十三年一月)。さらに、国際色が加わって、外人コールガール殺人事件の舞台は、赤坂のホテルの一室であった(昭和五十三年十一月)。
 二〇万区民の住む街も、昼間は一挙にその三・五倍の七〇万余の人びとで溢れる街となるという、いわゆる〝旅人〟を多く抱えた街の運命ともいえる風土は、こうしてつねに、日本の文化の病理をも抱えていくことになるということであろうか。
 さてそれとは別に、昭和四十年代の街は、またさまざまな〝公害〟を抱えていくこととなっていった。
 クルマ社会の一般化は、そのまま交通事故、騒音、排出ガスの公害を発生させ、区民の悩みの種を増大させていった。昭和四十五年六月に調査された「区民意向調査」によると、二三・七%の区民が、自分の街を住みにくいと答えている。とくに、日常生活に不安を感じる原因としては、一五%の人びとが「公害の増大」を訴えている(『広報みなと』昭和四十五年十一月十日号)。
 そのことは、昭和五十一年七月に行なわれた「港区民世論調査」でも、やはり同様に問題とされたのだった。そのときの、「生活環境」についての調査結果は、次のように報告されたのだった。
 
   現在住んでいる周辺の生活環境について、「買物の便」「交通の便」「大気の汚染」「緑の量」など一二項目にわたって質問し、それを「良い」「まあよい」「普通」「あまり良くない」「悪い」のいずれかに評価してもらいました。
   その結果、港区全体では、「交通の便」「買物の便」「教育環境」「悪臭」などが良好と評価されました。逆に評価が悪かったのは「騒音・振動」「大気の汚染」「災害時の安全性」となっています(『広報みなと』昭和五十二年一月一日号)。
 
 こうした問題にたいして、さまざまな手が打たれてはいったが、昭和五十四年のこんにちも、いまだ完全にそれらの公害から解放されているとはいえないというのが、こんにちの街の状況である。それは、明日に残されつづけるであろう、都(みやこ)としての街が抱えたひとつの病理でもある。
 それでも、己れが住むわが港区を、永遠の地として生活したいと人びとは希望している。港区の未来は、そうした願いを抱いている区民によって、明るい風土を取りもどしていくこととなるのかもしれない。さきの調査における「定住意思」の調査結果は、次のように報告している。
 
   まず、港区にお住いになっている年数からみますと、「三〇年以上」(27・2%)と「二〇~二九年」(22・7%)と合わせた五割が《長期居住者》です。ついで、「五~九年」(13・1%)と「一〇~一九年」(15・2%)を合わせた《中期居住者》が三割弱で、「五年未満」(21・8%)の《短期居住者》は二割強となっております。
   そこで、これからも港区にお住いになるかをたずねたところ、「永住する」という人が46%います。
  ついで、「当分は住む」と答えた人が41%で。これを合わせた約九割の人が、今後も港区に住みたいと答えています。
   逆に、「近いうちに転出したい」と考えている人は6%で、そのおもな理由として、住宅事情、仕事の関係をあげています。なお、転出理由に「周囲の環境悪化」をあげた人がこの内の7・5%あります(前掲紙)。
 
 そしてその未来を背負っていくであろう少年たちも、自らの住む、しかも己れの魂を育む原風土としての街の、快さと病理をすでに自覚しており、この体験の自覚を歴史意識として紡いでいくなかに、港区のこんにちと明日が託されているように思うのは、歴史におけるひとつの独断であろうか。三七人の小学生たちが一堂に集まって語りあった〝君たちが住んでいる街は住みよいところだと思いますか〟というテーマでの発言のなかに、それが示されているといえよう。
 
  O―交通が便利で住みよい。
  P―学校が多いし、近くにあっていいなあ。いなかは学校が遠くてたくさん歩かないといけないもん。
  Q―古川のにおいがひどいのでいやだ。
  R―僕のうちも高速道路のそばにあるので、自動車の騒音が夜なかでもうるさい。
  S―都会のわりに、緑が多くてとっても住みよい。(注、青山に住んでいる。)
  T―車が多すぎる。
  U―スモッグがひどいな。
  V―ずっと住んでいたいと思う。だって、買物は便利だし、まわりにいっぱいいろんなものがあるから。
  (『区のお知らせ』昭和四十六年一月十日号)