(一) 「内部的部分団体」と財政調整

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【神戸勧告】 前述したとおり、地方行政調査委員会議にたいして、都区双方とも、それぞれの立場から、特別区の性格を明確にすることを求めていた。すなわち、区側は、特別区が基本的には一般の市町村と同じ権限をもつ自治体として扱われ、その権限が拡大されることを主張したのにたいして、都は、大都市行政の一体性の観点から、区が都の内部団体として位置づけられることを望んでいた。昭和二十六年九月に提出されたこの委員会の第二次勧告は、むしろこの都の主張に近いものであった。
【勧告の基本的立場】 特別区についての勧告の基本的な考え方は、「特別区の存する区域においては、一つの大都市としての性格を併せ有していることを考慮し、特別区が原則として市と同一の権能を有するものとしている現行法の建前を廃止すべきである」というものであった。勧告はこの考え方に立って、特別区の事務を一三項目に限定し、これを法定化することを求めた。これは都区調整協議会が暫定的に定めた区の事務の範囲よりもはるかに狭かった。
【区財政についての見解】 さらに、勧告は特別区の財政について、次のような見解を示した。
 
   特別区の収入は使用料手数料及び都が徴収する住民税のうちから、法律の定めるところにより特別区に還付する還付税とし、特別区相互間の財政上の不均衡は法律の定める基準に従い、都がその財源をもって調整すること。
 
【還付税の提案】 これは、区側が要求していた区税法定化どころか、従来都の条例によって与えられていた課税権をも否定する内容のものであった。勧告はその理由を、区の事務にちょうど見合う財源ですべての区に普遍的なものがないこと、したがって住民税を都と区で分けあうほかないが、それを都区それぞれが別個に賦課徴収するのは非能率であるから還付税方式が合理的であると説明している。また、区の財源を都税に依存する以上、区に起債権を認めるのは適当でないと、これも区からとり上げた。このような勧告の内容が、区側にとって「実質的に特別区を行政区に転落せしめるものであって、断じて承服し得ないところ」であったことはいうまでもない。
【地方自治法の改正】 この勧告の線に沿った地方自治法の改正によって、特別区制は大きな転換をとげた。昭和二十七年四月、この改正案の国会提出に当たって、地方自治庁長官は特別区制改正の内容を次のように説明している。
 
【特別区は内部的団体】   特別区はその実体に即するように、大都市の内部的部分団体としてその性格に変更を加え、都と特別区の一体的関係を明確にするとともに、特別区の区域内の都民に身近な事務は原則として特別区が処理することとし……同時に特別区の性格にかんがみ、区長の公選制度を改めて、都知事が……特別区の議会の同意を得て選任するものと改めた。
 
 このように、改正案には、勧告では言及されなかった区長公選制の廃止までも盛りこまれていたのである。
【最大の争点としての区長任命制】 この改正案にたいして、区側がまっこうから反対したことはいうまでもないが、最大の争点は区長任命制の問題であった。結局、都知事による区長任命制を、区議会が都知事の同意を得て選任する方法に改める修正案を区側がのむことで、都側に有利な形で決着がつけられた。
【特別区の事務】 法改正によって、区の事務は小・中学校等の設置管理、公園・運動場・図書館等の設置管理、区域内の道路の設置管理と道路の清掃事業など一〇項目に限定された。これでは、原則として住民に身近な事務を処理する地方自治体とはほど遠い存在といわなければならない。こうして、特別区の区域においては、都が基礎的な自治体となって、府県の行政と同時に市の事務をも行なうこととなったのである。ただ、この改正では、神戸勧告が提案した還付税方式は結局採用されなかった。また、財政調整は地方財政平衡交付金法の規定に準じて行なわれることとなった。しかし、従来からの納付金制度は残された。
【行政の能率化・簡素化の方向】 このような特別区制の改革の底には、行政の簡素化・能率化・集権化という考え方があった。これは何も都区間だけの問題ではなかった。昭和二十六年ごろから、講和後にそなえて、戦後のいわゆる民主化政策を見直そうという気運が高まってきて、民主化・分権化の方向をたどってきた地方制度についても再検討の必要が叫ばれるようになった。また、折から深刻化しはじめていた地方財政の赤字を、政府は行政機構の簡素化、行政事務の整理・縮小によって乗り切ろうとくわだてていた。事務配分の問題をとり上げた神戸勧告がでる直前の二十六年八月には、政令諮問委員会が行政の簡素化・能率化に関する答申を提出した。二十七年の地方自治法の改正、特別区制の改革はこうした方向の一環であったのである。
【新しい財政調整方式】 法改正で、都区および区相互間の財政調整方式はどのように変わったか。もっとも大きく変わった点は基準財政需要額の算定で、平衡交付金の場合と同様に、測定単位(区が行なう行政の種類ごとに設けられる)の数値を補正し、これを単位費用(標準的条件を備えた区が合理的、かつ妥当な水準において行政を行なう場合、または標準的な施設を維持する場合に要するとされる経費を基準として算定した各測定単位当たりの費用)に乗じて得た額を合算することとなった。
【人件費、建設的経費は別算定】 ただ、当分の間、上述の方法による額に、「特別区の事務に従事する職員の給料、扶養手当及び勤務地手当その他の給与並びに臨時的経費の全部又は一部について規則で定める額を合算した額」を基準財政需要額とすることにした。つまり、人件費と建設的・臨時的経費は単位費用方式によらないで別に算定されることになった。実は、ここの部分がその後、都区間および区相互間の争点の一つとなってくるのである。なお、基準財政収入額は区税条例による税率をもって算定した普通税の収入見込額で、平衡交付金の場合のように、自由財源は認められていなかった。
【財政調整の実際】 昭和二十八年度からは、この新しい調整方式によって、財政調整がスムーズに進むものと期待された。しかし、実際には、妥結までに一年ちかくもかかった。このように延び延びになった原因の一つには、区相互間の対立もあった。とくに納付区側には、収入見込額が過大で、持ち出しが多すぎるという不満が強かった。
【毎年くり返す紛糾】 そこで、二十九年度からは、区長会が区相互間の調整をはかるというこれまでの慣行をやめて、各区が都と個別に折衝をすることとし、納付区と交付区の利害の調整は都にまかせるという方式がとられるようになった。しかし、その交渉もやはりはかどらず、毎年紛糾をくり返し、十一月か十二月にならなければ決まらないという状態がつづいた。そのため、区側にも、これではまともな予算も組めない、年度当初に予算が決定できるよう何とか対策を講じなければならないという気持が強まってきていた。
【「均衡かつ公平同質」な行政】 特別区は「社会的、経済的にも有機的一体不可分の関係にある一個の大都市としての性格」をもっており、「このような大都市的実態に即応するためには、区民はその属する特別区の財政力の強弱にかかわらず、一様かつ均衡のとれた負担をし、その受ける福祉は均衡かつ公平同質であることが必要である」(都行政部区政課資料昭和三十三年二月)。これが都の基本的な考え方であった。しかし、この「均衡かつ公平同質」な行政の強調が、区の自主性をほとんど認めない、自由財源の余裕の乏しい財政調整となってあらわれ、区側、とくに自ら賦課徴収した区税の多くを都に吸い上げられる納付区側の大きな不満を招くことになったと思われる。
【区側の反発】 都が二三区を一つの市とみて、均衡、公平、同質の実現を目標に、調整の役割を果たそうとしたことにたいして、都の内部的団体であることを承服しない区側か強く反発したのは当然である。地方自治法の改正によって、区の性格はいちおう明確にされたとはいえ、「行政区」の方向へさらにおし進めようとする都と、自治権の拡充を目ざす区との対立が都区財政調整の過程の根底にあったとみてよいであろう。
 なお、昭和二十八~三十年度における都区財政調整と二十八年度における区別の算定額は表11・12のとおりであった。
 

表11 都区財政調整

区 分昭和28年度2930
基準財政需要額
基準財政収入額
差引都補塡額
 納付金
 納付区数
 交付金
 交付区数
8,043,596
7,840,184
203,412
578,165
10
781,577
13
9,173,339
9,010,489
162,850
827,066
11
989,916
12
9,648,358
9,365,161
283,197
1,102,829
11
1,386,026
12

(注) 『東京都財政史』下巻,323ページ。


 

表12 昭和28年度都区財政調整

区 分基準財政
収入額
基準財政
需要額
差   引
納付金交付金
千代田
中 央

新 宿
文 京
台 東
墨 田
江 東
品 川
目 黒
大 田
世田谷
渋 谷
中 野
杉 並
豊 島

荒 川
板 橋
練 馬
足 立
葛 飾
江戸川

209,278
247,028
423,795
419,769
325,729
343,793
308,142
261,673
402,669
360,928
713,370
621,957
328,703
284,829
529,171
282,991
367,445
223,183
267,841
173,316
256,718
256,671
231,185
7,840,184
278,334
335,074
392,809
369,756
304,914
398,950
355,000
328,362
389,337
276,640
576,667
536,319
261,011
280,797
407,505
288,296
370,600
275,164
312,428
242,766
350,460
340,309
335,098
8,043,596


30,986
23,013
20,815



13,332
84,288
136,703
85,638
57,692
4,032
121,666








578,165
69,056
88,046



55,157
46,858
66,689







5,305
3,155
51,981
44,587
69,450
93,742
83,638
103,913
781,577

(注) 『東京都財政概要』昭和28年版