【都市問題の激化】

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 昭和二十七年の地方自治法の改正によって、特別区はその事務を限定列挙され、区長公選制を廃止されるなどして、自治権を大幅に制限された「不完全自治区」となった。この改正は自治権拡充を要求する区側に大きな打撃を与えた。しかし、それ以降も、区側の自治権拡充の運動はねばりづよく続けられた。その要求の主要な内容は、区長公選制の復活、区への事務事業の大幅な移管および財政自主権の確立であった。都側はこの要求を容易に認めようとしなかったが、三十年代の後半になると新しい事態が生まれてきた。都市問題の激化である。
【複雑ぼう大化する都行政】 昭和三十年代のはじめからはじまった経済の高度成長は後半にはいるとそのテンポをますます速めた。その結果、大都市、とくに東京への人口と企業の集中は過度となり、住宅難、交通麻痺、地価の高騰、生活関連施設の不足、公害、生活環境の悪化などさまざまな弊害が生じるにいたった。それとともに、府県の事務のほかに、特別区の存する区域においては市の事務を合わせ行なっている都にたいする行政需要はますます増大し、都行政は複雑かつぼう大になった。そこで、都にとっては、この行政の重荷からの脱出が大きな課題となってきた。事務事業の移譲をとり上げるような状況が生まれてきたのである。
【都制調査会の提言】 昭和三十一年一月に知事の諮問機関として設けられた都制調査会は、三十三年の経過報告で、「保健所その他の区民の日常生活に密着した事務は、区に移管するよう考慮すべきである」とのべた。この意見にもとづいて、第四節でふれたように、三十六年に、保育園や一定規模以下の都道、河川、公園が区に移管された。
 さらに、都制調査会は、三十七年九月に「首都制度に関する答申」を知事に提出した。この答申は、事務配分について、「都は、全般的な企画管理事務、統一的に処理する必要がある事務、大規模事業および高度の専門的技術を必要とする事務を分担し、住民に密着した行政は区市町村にゆだねる」ことが適当であると提言した。
【第八次地方制度調査会の答申】 一方、国の第八次地方制度調査会も、同年十月に、「首都制度当面の改革に関する答申」を行ない、事務配分の原則については、都制調査会の答申とほぼ同じ意見を示した。また、これらの国または都の調査会の答申のほかに、特別区議会区政調査特別委員会が、三十六年三月に「首都行政制度の構想」を発表している。これは、現行の特別区を特別市の制度に改めることなどを提言したものである。
【地方自治法の改正】 国は、第八次地方制度調査会の答申にもとづいて、「地方自治法等の一部を改正する法律案」を、昭和三十八年三月の通常国会に提案した。しかし、これは審議未了で廃案となったので、同年九月の臨時国会に再び提案されたが、これもまた廃案となった。結局、三十九年一月の通常国会に三たび提案され、一部修正のうえ可決された。そして四十年四月一日から施行されることとなった。
【新たに区に移管された事務】 この改正の目的は、都と区の間で事務および税源の合理的な配分をはかるとともに、都と区および区相互間の連絡調整を促進することにあるとされた。新たに区に移管されることとなった事務とそれに要する経費は、表27のとおりである。この経費二三〇億一、〇〇〇万円は四十年度の都の一般会計当初予算の五・四%にあたった。
 

表27 区移管事務と予算額(昭和40年度)

区 分人件費単位費用
によるもの
一件算定
私立学校指導監督
電気ガス・軽自動車税課税徴収
建築指導事務等
福祉事務所・宿泊所・生活館の設置管理
生活保護・心身障害者福祉
児童・老人・婦人及び社会福祉
保健所の維持管理
伝染病予防・予防接種・結核予防等
都営住宅公募
消費者相談室の設置等
道路維持改修
公園設置管理
河川防災等
公金取扱事務
監査事務
区立小中学校教材教具・学校整備等
区移管に伴う増
   合    計
特定財源
一般財源

6,463
51,368
1,089,832
35,281
59,724
2,424
130,419



4,884




208,027
1,588,422


688
59,614
24,814
346,296
10,737,525
1,934,965
12,820
356,759
833
8,270
1,261,888
21,499
27,103
224
764
885,352
1,300,000
17,009,414





25,300
27,636





335,000
44,312
333,500


3,646,697

4,412,445


688
66,077
76,182
1,461,428
10,800,442
2,024,689
15,244
487,178
833
8,270
1,596,888
70,695
360,603
224
764
4,532,049
1,508,027
23,010,281
11,703,116
11,307,165

(注) 1. 移管事務のほかに区長への委任事務をも含む。
 2. 『東京都財政史』下巻,875ページ。


 
 こうして、この改正で、二十七年の地方自治法改正以来懸案であった事項のうち、福祉事務所を中心とする社会福祉に関する事務はすべて区に移された。しかし、保健所、清掃事業などの移管は実現されなかった。当初、自治省は都市計画、上下水道、交通事業などの広域的事務や大規模な建物に関する建築規制などの高度の技術を必要とする事務をのぞいて、区に指定都市なみの権限を与える考えであったといわれている。しかし、移譲の根拠は、住民による民主的統制の確保ということよりも、むしろ都行政の行詰まり打開と効率化に重点があったので、現行の方式で十分やっていけるという関係者の反対で後退した面もでてきたのである。
【地方税法の改正と区税の法定化】 地方自治法の改正にともなって、地方税法も改正され、特別区は法律上も課税権をもつようになった。特別区税の法定化は区側の長年の念願であった。この改正法によって、特別区が普通税として課することができるとされたのは、特別区民税(個人分)、軽自動車税、特別区たばこ消費税、電気ガス税、鉱産税および木材引取税であった。すなわち、前年度まで区民税であった府県民税個人分は都に吸い上げられて、その代わりにたばこ消費税と電気ガス税が区税となった。このように区税の税目が変更されたのは、区間の税源の偏在をできるだけ緩和して、都区財政調整における納付区を少なくしようとしたためである。
【新しい都区財政調整】 地方自治法の改正によって、都区財政調整の方法も改められた。各区の「基準財政需要額」と「基準財政収入額」とを算定し、財政需要額が財政収入額を超える区には、収入不足額を補てんするために交付金を交付し、財政収入額が財政需要額を超える区には、その超過額を納付金として都に納付させるという方法は前年度までと同様である。
 変わった点は、基準財政収入額の算定方法が、前年度までは税収見込額の九五%であったのが九〇%となり、それだけ自由財源がふえたこと、全体として区の財政需要額が財政収入額を上回る分は、都税のうちの固定資産税(府県税相当分を除く)と都民税法人分(市町村税相当分)の一定割合でまかなうこととし、区の財源不足にたいして一定の額を保障したことなどである。
 前年度までは、二三区全体で財政需要額が財政収入額と同額になるように算定されてきた。しかし、四十年度からは、前述のように、事務事業の区移管によって区の財政需要が増大したこと、また、従来は財政調整の対象とされていなかった都からの執行委任事務に要する経費の大部分が財政調整の対象とされるようになったことによって、区の財政需要額は財政収入額を上回ることとなった(表28)。なお、問題の多かった予算の執行委任制度については、その経費を財政調整において基準財政需要額に見込むか、都支出金を交付することとなった。
 

表28 昭和39年度と40年度の都区財政調整の比較

区   分昭和40年度昭和39年度増減(△)


区 民 税44,95957,887△12,928
軽自動車税704195509
たばこ消費税9,8029,802
電気ガス税8,3078,307
そ の 他1,600985615
合 計 (A)65,37259,0676,305
 基準財政
収入額(B)
(A)×0.9=(B)
58,833
 
(A)×0.95=(B)
56,114
 
 
2,719
 




単位費用によ
るもの
28,28625,9112,375
人 件 費21,39018,6132,777
そ の 他12,14211,590552
計 (C)61,81856,1145,704


単位費用によ
るもの
5,7245,724
人 件 費1,5881,588
そ の 他3,9953,995
計 (D)11,30711,307
基準財政需要額
(C)+(D)  (E)
73,12556,114
17,011
調整交付金(E)-(B)14,292
14,292

(注) 『東京都財政史』下巻,877ページ。


 
【地方交付税との相違点 納付金】 このように、都区財政調整の方法は、大体、地方交付税の算定方法に準じているが、次のような点が相違していた。すなわち、第一は、納付金制度があることである。この制度が財政調整を混乱させた大きな原因であることはすでにみたとおりである。この時点での改正でも納付区をなくすための努力が払われた。
【自由財源】 第二は、基準財政収入額の算定方法である。地方交付税の場合、市町村の基準財政収入額は税収見込額の七五%で、二五%が自由財源として認められている。特別区の基準財政収入額は、前述のように、四十年度から税収見込額の九〇%に引き下げられ、自由財源が増大したが、地方交付税の場合にくらべればまだ少ない。
【単位費用】 第三は、基準財政需要額の算定方法である。地方交付税では、すべて測定単位の数値を単位費用にかける方法がとられているが、特別区の場合、この単位費用による方法が適用されるのは経常的経費だけで、人件費と建設事業費は別の方法で計算される。表28によると、単位費用によるものの比率が四六・五%であるのにたいして、人件費、その他は五三・五%という高い比率を占めている。この点も財政調整を紛糾させる要因となった。
【普通交付金と特別交付金】 なお、表28の調整交付金一四二億九、二〇〇万円は、普通交付金で、これと災害など特別の財政需要が生じたとき交付される特別交付金二億九、二〇〇万円を合計した額一四五億八、四〇〇万円が交付金の総額で、これは四十年度予算における固定資産税(府県税相当分を除く)および都民税法人分(市町村税相当分)の二五%(交付金基本額)にあたった。普通交付金は、交付金基本額の九八%、特別交付金はその二%とされた。
 では、次に、以上のような改正によって、二三区および港区の財政構造はどのように変わったかみてみよう。