日本列島には、現在も活動を続けているものを含め約二五〇の火山がある。その中には、過去に爆発的な噴火作動を繰り返し、広い範囲に大量のテフラを降り積もらせてきた火山もある。テフラとは、火山から噴出した岩塊・礫(れき)・軽石・火山灰などの総称である。とくに大規模な噴火の場合、細粒の火山灰などは、偏西風にのって列島を覆うほどの範囲で短期間に降灰・堆積するので、そのようなものを広域テフラと呼ぶ。テフラは一回の火山活動ごとに含まれる火山ガラス・鉱物の特徴が異なり、その噴出年代もフィッション・トラック法など様々な理化学的年代測定により把握されている。そのため、遺跡の発掘などでテフラを見つけ、その特徴から給源となった火山活動を特定できれば、遺跡そのものの年代も推定することができる。
過去約一三万年に列島で起こった巨大噴火による広域テフラは一七ほど見つかっている。その中でもっとも有名なものが、二万九〇〇〇年前に九州鹿児島の姶良(あいら)カルデラを給源に、列島各地に降りつもった「姶良Tn火山灰」である。その分布は九州から東北地方北部に及び、朝鮮半島でも見つかっている。その降灰の影響は大きく、九州を中心に列島各地の植物相が激変し、旧石器時代の人々の暮らしぶりにも大きな影響を与えたため、同時代はこれを境に、前半期と後半期に分けられている。南関東地方の台地上では、姶良Tn火山灰を肉眼で観察することは困難である。しかし、沼沢地など湿った環境下ではテフラは良好に保存されるという特性があり、港区でも台地から下りやや沖積地に近い位置に立地する陸奥会津藩保科(松平)家屋敷跡遺跡(No.164)のような遺跡では、比較的明瞭に姶良Tn火山灰を観察することができる。 (渡辺丈彦)