武蔵の国名起源については、古く国学者たちがいろいろと議論していて諸説あるが、語源を確定することは、どんな言葉についても難しいものである。基本的には用字よりは発音を基本に考えるべきであろう。『新修港区史』が言及しているように、本居宣長が触れているその師賀茂真淵の説も一案ではある。
『古事記伝』巻七に、
師説には、相模武蔵もと一ツにて、牟佐なるを、上下に分て、牟佐上・牟佐下と云、その上は牟を略き、下は毛を略けるなり。
とある。この「むさ」の上下二分説は、「ふさ」(上総・下総)・「けぬ」(上毛野・下毛野)のそれと併せて興味深いものがあるとされるが、その発音がもともと「むざし」であったのであれば、「ざ」と濁音で語源を考えるべきではなかろうか。本居宣長自身は右の引用に先立って、古い発音が「むざし」であったことに触れているが、師説とのずれについてはとくに何も触れてはいない。