これらの郷が各々現在のどの地域に該当するかについては、諸説がある。歴史的地名を現在の地名に比定するのはかなり困難な作業で、一般的には地名の類似から判断するしかないけれども、時には恣意的になりがちで、断案を得るのは難しい。
邨岡良弼(むらおかりょうすけ)の手になる大著『日本地理志料』は、『和名類聚抄』の国郡郷里関係の記載を考証したもので、江戸後期の著名な考証学者狩谷棭斎(かりやえきさい)の『箋注倭名類聚抄』の欠を補う貴重な書物であるが、その巻一六で、荏原郡・豊島郡内諸郷について、様々な根拠を示しながら現地比定している。それを結論的に示すと以下のようになる。
荏原郡 蒲田(蒲田、大森、女塚、小林、御園、町屋、蓮沼、堤方、徳持、市倉、久原)
田本(鵜木、峰、沼部)
滿田(古川、道塚、原、安方、今泉、矢口)
荏原(中延、小山、戸越、桐谷、南品川、碑文谷、石川、池上、雪谷)
覺志(麹谷、羽田、萩中、下袋、雑色、八幡塚、高畑)
御田(上高輪、下高輪、北品川、大崎、高輪台、今里、白金、白金台、永峰、谷山、小山)
木田(赤堤、代田、若林、馬引沢、奥沢、太子堂、三宿、池尻、上中下目黒)
櫻田(芝、麻布、麹町、四谷、赤坂、青山、飯倉、原宿、今井、隠田、千駄谷)
駅家(大井、不入斗、新井宿、馬込、蛇窪、居木橋)
豊島郡 日頭(小日向、小石川、牛込、市谷、金杉、関口、音羽、高田、雑司谷、池袋)
占方(舟方、尾久、町屋、三河島、箕輪、金杉、山谷、山宿、橋場、今戸、浅草)
荒墓(新堀、谷中、上野、下谷、根岸、坂本、田端、中里)
湯島(駿河台、神田、根津、駒込、染井、巣鴨)
広岡(上練間、下練間、上石神井、下石神井、関、中村、田中、谷原)
余戸(柏木、大久保、戸塚、角筈、幡谷、代代木)
駅家(豊島、王子、滝野川、梶原、上板橋、下板橋、十条、稲付、神谷、赤羽根、岩淵、袋、蓮沼)
現地比定については異説もあるけれども、右を踏まえると、港区域は、ほぼ荏原郡の御田(みた)・桜田両郷の内とみることができるようである。