昭和五四年(一九七九)の『新修港区史』の段階までは、近世史を専門とする研究者は都市よりも農村に注目していた。本格的な都市史研究が始まったのは、とくに一九八〇年代以降のことである。近世史研究の中での都市史への注目、また地域史としての江戸学・江戸東京学の誕生など(西山 一九八四・小木 一九八八ほか)があげられる。それまでの研究は、どちらかというと経済史・流通史の中で都市を俯瞰的に描きがちであった。しかし一九八〇年代以降は、個別の町や集団、武家屋敷、都市の中の寺社、多様な都市文化などが注目され、微細な分析にもとづき、都市江戸の諸相が飛躍的に明らかにされていったのである。武家地・町人地・寺社地という章立ては『新修港区史』と同様であるが、今回の近世編は、冒頭で紹介した「分節構造論」という近世都市の捉え方を軸としたものである。
このほか、さまざまな面で、『新修港区史』から近世の捉え方は大きく変わってきている。たとえば、平成二三年(二〇一一)の東日本大震災、近年多発する自然災害を契機に、自然環境と人間の活動の諸関係を歴史的に捉えようとする研究も蓄積されてきている。都市の開発と災害をとりあげた一章は、単なる面的な江戸の拡大ではなく、自然との関わりも意識した内容となっている。このほか、各章でも、さまざまな新たな研究動向をふまえながら、港区域の近世を叙述することにつとめた。