人為的自然を舞台とした近世社会

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 江戸では、火災、地震、風水害、疫病がたびたび発生し、人々はその災禍に直面した。とくに火災が頻発することから、江戸を「火災都市」とみて、火消などの防火対策や、火災が都市拡大・発展の一因となったことなどが指摘されてきた。また、その被害の大きさから、安政大地震はとくに注目されてきた。
 すでに、港区域の既刊の区史誌では、港区域の災害の一覧と、主な災害の概要を紹介している。しかし、さまざまな史料を博捜した「江戸災害年表」(吉原 一九七八)の公刊は、『新修港区史』の刊行の半年前であったため、これまでの区史誌ではこの情報は反映されていない。
 また、災害史の研究も大きく進んだ。平成二三年(二〇一一)の東日本大震災を契機として、地震を中心に災害史研究が再び注目され、史料の発掘や、自然科学との共同研究、災害後の社会の復興(レジリエンス)をめぐる研究も盛んになった。さらに、環境破壊、気候変動といった問題を受け、人間と自然の関係の捉え方が変わった。一九七〇年代までは、自然の破壊を「公害」、つまり人間社会の中での問題と捉えていたが、一九八〇年代からは、人間も自然の一部として「環境」という視点でみるようになった。そして、平成三〇年(二〇一八)には、人間が環境を左右する時代として、地質年代として「人新世」という時代設定をして現状を捉えるべきなのではないか、という提言がなされている。近代以前から、自然はすでに人の干渉が行われたいわば「人為的自然」であり、近年になって急速に環境破壊や干渉が進んだというのは、意識、無意識にかかわらず、人間自身の行為をごまかすための物語だ、という捉え方である(ボヌイユほか 二〇一八、渡辺 二〇二〇a・二〇二一)。港区においても、弥生時代以降、自然の営みによる地形変化はほとんどなく、とくに江戸時代には台地や低地に大きな干渉が行われ、「都市型自然環境」が形成されはじめている(自然編三章一節、本節を参照)。自然災害も、火災などのいわば人為的な災害も、疫病も、改変された人為的な自然を舞台に起こったことであり、それらの災害に人間が何らかの対応をして歴史が変化していくのである(渡辺 二〇二〇a・二〇二一)。
 災害は、自然を改変することによって生じたものであるという意識にたち、本節では主に「江戸災害年表」と『東京市史稿 変災篇』にもとづいて、火災と地震のみならず、風水害にも注目して港区域内の災害の大局を捉えたい。さらにコラムでは、近世遺跡の調査で確認された火災・地震・火山噴火の痕跡を、自然科学や考古学から読み解いていきたい。