勤番藩士の絵巻

187 ~ 188 / 499ページ
 この屋敷の長屋に、単身で居住した勤番藩士たちの暮らしぶりを描いた絵巻が残っている(図2-1-5-2①~⑥)。絵は藩の抱絵師で木挽町狩野家に学んだ三谷(狩野)勝波、詞書(ことばがき)を書いたのは目付役を務めた戸田熊次郎である。
 描かれているのは藩の御用を務める姿ではなく、長屋の日常生活である。六畳敷きの部屋に書画を飾り、二坪足らずの内庭に草花を育て、同僚とともに句会や茶会を催し、酒宴を開いて羅漢回(らかんまわ)しという他愛ない遊びに興じたり、夏の炎暑を避けて夕涼みをしたりしている。表長屋の二階からは、増上寺裏門付近の賑やかな往来を眺めることができた。単身生活の寂しさから、定府(じょうふ)(久留米藩では定居(じょうきょ)といった)の人々が家族とともに暮らしているのを、羨ましそうに垣間見ている者もいる。このほかに天保一〇年(一八三九)四月、藩主があらたに江戸城西丸普請の役を課せられたため、待ちに待っていた帰国が延期となり、自棄を起こして皆で痛飲して大暴れした場面なども描かれている。

図2-1-5-2 「江戸勤番之図」

①戸田熊次郎の部屋

②高橋乙次郎の部屋にて句会

③酒宴中に羅漢回しの遊び

④長屋前で夕涼み

⑤梯豊太の部屋

⑥高原信太の部屋


①戸田熊次郎の部屋 壁に書画を飾り、内庭に育てた朝顔などの草花を眺めている。②高橋乙次郎の部屋にて句会 作句に点を付けてその優劣を競い合った。③酒宴中に羅漢回しの遊び 一人が滑稽なしぐさをし、隣の者がそれをまねていく遊び。④長屋前で夕涼み 図の手前は絵巻の詞書を書いた戸田熊次郎の御目付長屋。向かいの長屋には絵師である三谷勝波と梯豊太の表札が掲げられている。梯はその長屋の二階、三谷は階下の部屋に住んだと思われる。⑤梯豊太の部屋 右手の表通りに面した窓からは増上寺裏門に続く往来が見下ろせ、左手には屋敷内に設けられた藩校講学所が見える。⑥高原信太の部屋 二階の窓から定府の家族の楽しげな様子を垣間見る。
「江戸勤番絵巻」大川市立清力美術館所蔵。三谷(狩野)勝波画・戸田熊次郎序。江戸東京博物館所蔵「久留米藩士江戸勤番長屋絵巻」の原型とされる絵巻。