港区内では、武家屋敷跡遺跡(大名・旗本・御家人屋敷跡)として遺跡地図に登載されている遺跡が九一遺跡ある(令和三年〈二〇二一〉三月一日現在)。これらのうち大名屋敷跡とされている遺跡は五九か所であるが、後項にも述べられているように、相対替等により屋敷所持者が入れ替わることから、大名屋敷跡遺跡の数を明確に算出することはできない。また、同じ屋敷内の複数の地点で遺跡が発見された場合、それぞれの地点を独立した遺跡として認定することを原則としているため、九一は遺跡が発見された大名屋敷の数ではない。
ところで、武家地は江戸の中で最も占有面積が広く、したがって開発や建築事業に際して調査の対象となる割合が高い。武家屋敷跡遺跡数が寺社跡遺跡や町屋跡遺跡に比して圧倒的に多い所以であるが、なかでも概して広大な敷地を有する大名屋敷は調査対象となる機会が多く、調査面積も広くなる。