はじめに

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 日本列島の人類史研究において、旧石器時代ならば沖縄県、縄文時代ならば三陸沿岸など、時代ごとによって重要な役割を果たしてきた地域が存在する。近世人骨研究を語る上で、港区は欠かせない場所である。面積が二〇平方キロメートルほどの港区は、東京二三区で広さは一二番目と中規模の広さだが、近世において寺院の数は江戸の寺院の約四分の一にあたる二六〇か寺に上り、したがって墓地遺跡の数も多くなり、人骨もかなりの数が出土している。
 出土人骨の多さもさることながら、港区域の近世人骨の特色は身分の高い人々の発掘調査の多さだろう。これは港区に大名家菩提所が三二か寺存在し、これらを菩提所とした大名が九八家に上り、近世大名家の三分の一以上が同区域に存在していたことと関連している(岩淵 二〇一二)。すなわち、徳川将軍家や長岡藩主牧野家などの将軍家・大名家の墓の発掘調査研究が近世考古学研究をリードしてきたことと同時に、被葬者の身分や没年、系統関係が把握できる人骨の多さで人類学的研究に貢献してきたのである。