港区域の町人地

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 近世の港区域における西側の台地の大半は、武家地と寺社地で構成された(図4-1-1-1、図序-1-1-1と同じ図)。そのため港区域には、武士達に食料・生活必需品や武具・奢侈(しゃし)品を調達する商工業者や、寺社の参詣者相手に店を開く小商人などが、武家屋敷の周辺、および寺社の門前や境内などで、需要に応じた様々な生業を営んだ。これらの商人・職人は、台地と谷が交錯する地形にも規定されながら、数か所に点在する町人地を形成した。

図4-1-1-1 港区域の地形


 
 一方、海沿いの東側の低地は、徳川家康が海辺の埋め立て・造成を行い、新たな東海道を整備した地域である。人や物の往来が活発になるにつれて多くの商人・職人が集まり、街道沿いには線状に連なる町人地が形成された。海・川・道が集まる交通・物流の拠点として問屋や仲買が軒を連ねる芝、多くの人で賑わう盛り場が形成された芝神明宮(飯倉神明宮(いいぐらしんめいぐう)、現在の芝大神宮、芝大門一丁目)周辺、漁業関係者が集住する漁師町と魚市場(芝雑魚場(ざこば))、海沿いに茶店が建ち並ぶ高輪など、北から南に続く東海道沿いでは、それぞれの地域性を反映した生業が営まれた。