江戸買物独案内

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『江戸買物独(ひとり)案内』は、文政七年(一八二四)に大坂で刊行された江戸の案内書で、商店や飲食店を中心に二六二二店が紹介されている。『港区史』や『新修港区史』では、この『江戸買物独案内』と、類似の諸書から、港区域に存在した店が抽出されている。その一覧には、菓子屋、料理屋、寿司屋、蕎麦屋、蒲焼屋などの飲食関連の業者が多く見られる。特に芝神明前にはこれらの店が多数集まり、同所が盛り場として賑わう場であったことが読み取れる。また、三田、赤坂、白金、麻布、飯倉にも同様の店を確認でき、商工業者は芝以外でも営業を行っていた。一覧には、薬種・水油・茶の問屋や、煙管、硝子細工、傘、白粉(おしろい)・紅を扱う店など、飲食店以外でも多様な業種が見られ、これらの店舗も港区域の商工業を特徴づけていたと考えられる。
 なお『江戸買物独案内』には、神明前三島町(現在の芝大門一丁目)の和泉屋市兵衛をはじめとする四軒の地本問屋(じほんどいや)が掲載されている。地本問屋とは錦絵(多色摺浮世絵版画)や草双紙(絵入り短編小説)を出版する版元であり、芝神明前は江戸における錦絵の出版と販売の中心地となっていた。また、錦絵だけではなく、福沢諭吉の『西洋事情』の版元として知られる岡田屋嘉七(尚古堂)など、唐本・和本・仏書といった学問的な書籍を出版する書物問屋も確認できる。こうした芝神明前における出版業の隆盛については、五章一節を参照されたい。