芝神明前の盛り場

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 先にあげた図4-4-4-1の①は、芝神明町(本章二節二項参照)の茶店「賀茂川」が新装開店したときの挨拶状である。以下にその文面を紹介する。
           口上
 やつがれ年頃御当処(としごろごとうしよ)に住居(すまゐ)せしが、こたび御贔屓様(ごひゐきさま)の御進(すゝ)めにまかせて、来廿四日より茶見世渡世(ちやミせとせい)相はじめ候間、何卒是迄(なにとぞこれまで)の通(とふ)り町(てう)からまがつて北(きた)がは、神明(しんめい)さま江御参詣(ごさんけい)、御戻(おもど)りなれば左側(ひだりがハ)、道(みち)ハ替(かハ)らぬ神明町(しんめいてう)、名(な)も加茂川(かもがハ)と京(きやう)めかし、茶(ちや)ハ御ぞんじの宇治信楽(うぢしがらき)、水(ミづ)は角田(すミだ)の奉書(ほうせう)ごし、かやうに申(もふす)も売(うり)ものに、花(はな)の御江戸の御取立(おとりたて)、ひとへに〳〵当日より、御賑々敷御光来(おんにぎ〴〵しくごこうらい)之程(ほど)、奉希上(こひねがひあげ)候、以上
                    芝神明町(しんめいてう)
                      西(にし)江入北(きた)がハ中程(なかほど)
      月 日  
  賀茂川
 口上(こうじょう)とは、元来は口頭で述べることやその内容のことで、型にはまった挨拶のことばの意味もある。これは、賀茂川の当主が茶店を開く際に作成した挨拶状である。どのような形で配られたのかは不詳であるが、文面は仮名交じりでほとんどの漢字に振り仮名が付されており、誰もが読めるように配慮されている。京の都を感じさせる「加茂川」という名の店で、誰もがよく知る宇治と信楽の銘茶(宇治茶・朝宮茶)を用意しているので、芝神明宮への参詣の帰り道にどうぞご来店下さい、という内容である。参詣と書かれてはいるが、芝神明宮では宮地芝居(境内で小屋がけなどして興行した芝居)、勧進相撲(社殿修理費用などを募ることを名目に興行する相撲)、富突(富くじ)なども行われ、多くの人びとが信仰だけではなく娯楽も求めてこの地を訪れた(五章三節四項参照)。芝神明前の店舗が、芝神明宮に集まる大勢の人びとを見込んで開店・営業していたことを如実に物語る挨拶状といえる。芝神明前は聖俗入り混じる盛り場として、大いに繁栄したのである。  (髙山慶子)