はじめに

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 昭和三五年(一九六〇)刊の『港区史』の四編六章の項では、学問から芸術・出版まで江戸時代の文化全般を概観した上で、『江戸諸家人名録』(一九一八)をもとに、江戸時代末期(文化から文久(ぶんきゅう)まで)の五〇年間に港区域内に居住していた文化人を年代別、分野別に一覧表にしている。その表の中で最多を占めるのが儒者や画家等で、しかも芝の地域に最も多く住んでいたことを指摘し、学者、浮世絵師、戯作者らの内、主だったものについて短く言及している。また、上里春生『江戸書籍商史』をもとに、港区域内の書物問屋と地本問屋(錦絵や草双紙を出版する版元。絵双紙問屋とも)を数え上げ、この地域に書物問屋の多く存在していたことを述べている。
 また、昭和五四年(一九七九)の『新修港区史』においては、五章四節の(六)、「文人たちの世界」において、文化末期に成立した人名録『諸家人名江戸方角分(ほうがくわけ)』や幕末の『文雅人名録』などを用いて、城南地域に居住していた文化人たちの人名を、化政期、文久年間の二つの時代において、地域ごとに一覧表にまとめている。
 以上の先行する新旧の区史により、港区域内における江戸後期から末期にかけての文化界については、とくにその人名録的なものが示されることにより、広い視野での俯瞰地図が示されているといえるだろう。
 その一方で、近年では、芝神明前(芝神明宮〈飯倉神明宮、現在の芝大神宮〉門前の盛り場の俗称)というエリアに関して、草双紙や錦絵などを出版する地本問屋が集中し、活発な活動を行っていたことが詳しく論じられるようになってきた。これに関しては、鈴木俊幸「絵は神明前-芝の絵草紙屋」や日野原健司「芝の本屋・和泉屋市兵衛-代々にわたるその出版活動」などを参照されたい(鈴木 二〇一二、日野原 二〇〇六)。
 本節では、この近年の動向を受けて、芝神明前という地域を浮世絵を生み出した場として、やや視野を絞って見ることにしたい。