港区史編さん委員長 井奥成彦
港区ではこのたび『港区史』第四巻『通史編 近代(上)』、第五巻『通史編 近代(下)』を刊行致しました。令和二年一〇月から令和三年五月にかけて刊行致しました第一巻『通史編 原始・古代・中世』、第二巻『通史編 近世(上)』、第三巻『通史編 近世(下)』、第一一巻『自然編』、第一二巻『図説 港区の歴史』に続き、六冊目と七冊目に当たります。刊行事業もおかげさまで全体の半ばに到達したことになります。
第四巻と第五巻では、明治維新から戦時期までを記述しています。全体として旧『港区史』と『新修港区史』の生かすべきところは生かし、さらに新たに発見された史料、新たな研究の成果も取り入れて、時系列で近代史の流れを把握できるようにしてあります。
そのうち第一章では、政治的にも経済的にも日本の進路にさまざまな選択肢のあった明治前期を記述しています。一般的に史料が乏しく、研究が難しいこの時代ですが、本区史では統計をはじめ公文書類を駆使するなどして、この時代の港区域の姿を多面的に描いています。
第二章では、大日本帝国憲法が制定されるなど日本の方向性が定まってきた明治後期を取り上げています。この時代の港区域は近代工業の発達に伴う経済の発展が見られる一方、憲法制定や日清・日露の二つの対外戦争を通じて、日本全体として国民的アイデンティティが形成されていった時代でもありました。
第三章は大正―昭和戦前期に関する章です。この時代は第一次世界大戦という世界史上の大きなできごとがありましたが、その間、国内での戦争被害がなかった日本から、大きな被害が出たヨーロッパへ向けて物資の輸出がさかんになり、日本は好景気に沸きました。しかし、その反動はすぐに訪れ、長い景気低迷が続き、それに追い打ちをかけるように関東大震災が襲ってきたのです。そしてその後政策の試行錯誤を経て、日本は戦争の時代へと突入していきます。この章ではまた、三田松坂町会史料や太田屋多田質店史料といった新発見の珍しい史料も取り上げ、それらを通じて庶民の生活や活動の一端を明らかにしています。
第四章は、戦時期に関する章です。港区役所所蔵史料など新史料をまじえて港区域の戦時期を描いています。港区域を含む東京市は空襲により大きな被害を受けましたが、この章ではその実態を明らかにするとともに、それに関連するできごととして、空襲による火災の延焼を防ぐために建物を壊して空間を作った「建物疎開」の実態を区役所所蔵史料により明らかにしています。平和への思いを新たにさせられる章です。
第五章は文化と文化財に関する章で、ここでは最近発掘が進んでいる高輪築堤を含め港区に残る数々の文化財が紹介されています。港区にも文化財が意外と多く残っているのです。
また、複数の章で、長与専斎や北里柴三郎らの感染症に対する取り組みが取り上げられています。世界が感染症に苦しんでいる今日、こういった人たちの事績の重みが一層感じられます。
最後になりますが、第四巻・第五巻の刊行に当たって情報や資料を提供してくださった方々、ならびに諸機関に対し、心より御礼申し上げます。区史編さんはこの後『通史編 現代』、『資料編』と続きますが、新型コロナウイルスの感染の広がりにより、作業の困難な状況が続いています。皆様のなお一層のご支援を賜りますよう、お願い申し上げます。
令和四年三月