教育会による通俗教育

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 東京府では明治一九年(一八八六)七月に学務課の職制が改正され、「通俗教育」が所掌事務に組み込まれた。通俗教育を実際に主として担ったのは教育会である。明治一六年に東京府教育会の前身である東京府教育談会が発足している。これ以降、各区の教育会が地域の通俗教育の活動を主として担っていくことになる。 
 港区域では、明治一四年に芝区教育会が、そして明治二九年に麻布区教育会が、少し遅れて大正五年(一九一六)には赤坂区教育会が設立され、区民を対象に講演会や映画会、入学者予習会などを実施していた。就学奨励を目的とする通俗教育の活動の一環として、講話や懇談会だけではなく、聴衆を招集するための幻灯(げんとう)などが行われることも多かった。幻灯は、絵や図を強い光で映写幕へと拡大投影するもので、この時期において、視覚にうったえる教材として活用された。また、教育品展覧会の開催も行われている。明治二三年(一八九〇)五月には赤坂区私立氷川尋常高等小学校において手工品展覧会が開催された。教室を陳列場にして、木工・厚紙細工・藁細工・裁縫・編み物・押絵等五三〇点以上が出品され、生徒の父兄が縦覧している(『東京府教育会雑誌』)。  (野村 和)