血清薬院

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 血清を製造して民間への払い下げに取り組む血清薬院は、明治二九年(一八九六)の設置当初、芝愛宕町(現在の西新橋三丁目)の内務省医術開業試験場内に仮事務所を設け、芝白金三光町(現在の白金三・五丁目)に用意された附属飼育場とともに開所し、まもなく芝公園に移転する。内務大臣の管理下に置かれ、北里柴三郎や高木友枝、後藤新平などが運営に関わったが、明治三八年、北里の指導する伝染病研究所に吸収された。