この間、東京市方面委員規程が整えられ(大正一一年一月二四日)、加えて市役所には方面掛が設置される。この時期の方面委員事業は全国統一の制度はなく、昭和一一年(一九三六)に方面委員令が公布されるまでは、芝区のように地方行政の文脈で活動が進められていったことを特徴とする。
東京市社会局作成の『東京市方面委員制度』が伝える東京市方面委員規程を確認すると、方面委員が「本市居住者ノ生活状態ヲ調査シ其ノ改善ヲ図ル為」に設置されたことを知ることができる。方面委員には担当地区があり、これを「方面」といった。方面委員に求められるのは以下の項目であった。
一、関係区域内居住者ノ生活状態ヲ調査シ之カ改善向上ヲ図ルコト
二、保護又ハ指導ヲ要スル者ニ対シ其ノ事情ヲ精査シ適当ナル方法ヲ講スルコト
三、風紀並生活方法ノ改善指導ヲ図ルコト
四、社会的施設ノ適否過不及ヲ調査シ之カ完備改善ヲ期スルコト
五、其ノ他随時調査実行ヲ委嘱セル事項
方面委員は、各区「篤志者」から市長の判断により選出されることとなっていたが、市長が必要と認める際には、市の吏員、警察官、学校職員、社会事業従事者に嘱託することも認められていた。この場合、担当する方面は一方面に限ることなく、複数方面を担当することもできるとされ、より広範囲に活動する方面委員もいた。委員の任期は二年とされ、再任を妨げるものではなかった。また、市長の判断により、方面委員を補佐するための方面参事員を置くこともできた。
各方面では担当方面委員のなかから委員長、副委員長を各一名、「委員ノ互選」により選出し、市長がこれに嘱託する。委員長は、担当方面の委員を代表するとともに、各委員間に情報が共有されるように活動が期待されていた。
方面委員に選出されると毎月一回の委員会に出席し掌理事項を協議した。加えて各方面内に事務所を設置し、ここに方面委員事務職員を一人置くこととなっていた。一方、各事務所との連絡等のため、市社会局保護課には方面連絡員が若干名用意された。さらに市社会局長が必要と判断する際には委員長会議が開催された。方面委員はその活動にあたって徽章の佩用が求められた(図3-5-2-1)。
東京市方面委員規程を運用するに際して用意されたのが、委員長会議規程(大正一一年二月一日市長決裁)、方面委員救助規程(同上)、方面委員事務職員服務心得(同上)であった。
方面委員制度はこれまでは大阪の取り組みが先進的であると紹介されることが多いことからもわかるように、全国一律的に普及が図られたのではなく、大阪や東京といった地方の行政事情を反映することで制度が設計され、その運用が進められてきたことから港区域が属する東京市ではいかに同制度が位置付けられ、いかに運用がなされようとしたのかをみておこう。
委員長会議規程は、各方面より選出される委員長の会議に関するものであり、議長は市社会局長であった。会議では各方面の委員が掌理する一切の事項を協議した。方面委員長は自ら議案の提出をすることが認められ、その際には理由を付して市社会局保護課長宛に提出することとなっていた。議事は多数決で決した。委員長会議には方面参事員の出席も認められ、意見を開陳する。港区域をはじめとする市下方面委員の活動に際して東京市社会局が事務局となり同制度の運用に影響力をもった。
方面委員が救助を要する者を見出した時には、方面委員救助規程により以下の項目を調査の上、委員長より社会局に報告することが求められる。
一、世帯ニ於ケル地位職業及収入、氏名、年齢、本籍地、現住所、略歴
二、家族ノ生活状態、扶養義務者ノ有無
三、救助ノ理由、救助処置ニ対スル意見、取扱年月日等
方面委員の報告により救護が必要であると判断された者に対して、救助の可否、もしくは必要・不必要の判断をなすのは市社会局長である。救助の必要を報告する一方、救助の停止を報告するのも各方面にて活動する方面委員であった。その結果、市社会局長が救助の必要性なしと判断すると、その救助は取りやめとなる。方面委員が被救助候補者の緊急性に鑑み救助が直ちに必要とみなすと、これが市社会局長に報告され、やはり局長はこれを承認するか否かを判断した。この場合、救助の範囲は以下のとおりであった。
一、衣食ニ窮スルモノ 壱人壱日金参拾銭以内但十二歳未満ハ金弐拾銭以内
二、施療ノ便ヲ得サルモノ 壱人壱日金参拾銭以内
三、帰国、送院其ノ他必要ト認メタル事項 実費
ただし第一項および第二項のように救助の期間を要する場合には、一五日を限度とし、これを超える場合には改めて市社会局長の承認を要した。
方面委員事務職員服務心得は、各方面事務所にて執務する職員の服務規程である。事務職員は各方面にて事務に従事する者であり、取り扱い事項に関しては「一切秘密ヲ恪守」することが求められた。事務職員は各事務所に備え付けられる以下の簿冊を整理・保管することを任務とした。
事務所備付ケノ簿冊左ノ如シ
一、出勤簿 二、日誌 三、出納簿 四、備品台帳
五、方面委員其ノ他関係者名簿 六、方面委員会議録 七、救済台帳
八、出張簿 九、調査カード 十、其他
また事務職員は、日曜・祭日、そのほかの休日、あるいは執務時間外であっても、必要に応じて執務しなければならなかった。
港区域の方面委員は、東京市方面委員規程以下の規程の中に置かれ、日々の会議に出席しながら、担当「方面」の生活困窮者などへの対応にあたったのである。
表3-5-2-1 大正期東京市方面委員の設置状況
東京市社会局編『東京市方面委員事業十周年記念』(東京市、1931)をもとに作成
図3-5-2-1 全日本方面委員連盟の徽章(昭和13年〈1938〉から使用)
大阪府民生委員児童委員協議会連合会所蔵