3-7 コラム 赤紙とは何か

151 ~ 153 / 405ページ
 ある日突然に赤紙がやってきて、家族が兵隊にとられていく。戦時体制下を描くドラマなどでよく目にする描写である。そもそも、赤紙とは何なのか。
 赤紙とは、陸海軍による召集令状の一つで、とくに陸軍による充員召集・臨時召集・帰休兵召集・補欠召集などの令状のことであり、令状の用紙の色から赤紙と呼ばれた(図3-7-コラム-1)。もっとも、アジア・太平洋戦争後半には物資の不足から用紙の色もピンク色に近くなっていった。ところで、赤い紙だから赤紙であるのなら、他の色の紙にはどんなものがあるのかといえば、白紙、青紙、紅紙などがある。紅紙は海軍による充員召集、白紙は教育召集・演習召集・簡閲点呼、青紙は防衛召集で、白紙と青紙は陸海軍を問わなかった。召集令状を大まかに区分するのであれば、赤紙・紅紙は入営を、白紙は教育や訓練などへの参加を、青紙は空襲などに対する国土防衛のための短期動員をそれぞれ命ずるものであったと考えればよい。
 戦争が勃発すれば、軍隊の規模を拡大する必要があるため、戦時動員を行うことになる。ここで動員の対象となるのが、予備役や後備役、補充兵役、国民兵役などにある人々である。こうした人々に入営を命ずる際に発行されるのが臨時召集令状、すなわち赤紙であった。
 このため、赤紙は主に戦時動員の際に発行されるため、戦時体制下に多くみられるといえる。むろん、平時であっても現役兵だけでは定員を充足できない場合には充員召集が行われるので、赤紙がやってくることはあるが、あまり一般的ではない。
 一方、同じく入営を命ぜられる場合でも、現役兵の場合は通常の紙に印刷された色のない現役兵証書によるため、兵隊にとられるのはすべて赤紙による、というわけではない。
 陸軍の赤紙などの召集令状は、陸軍省が定める動員計画によって各連隊区司令部で対象者を指定して発行される。令状の発行後は、最寄りの警察署の金庫で密封保管され、動員令の発令後に警察官が市町村役場へと直接持参する。その後は、役場の兵事係の職員が対象者を訪ねて、直接手渡しで交付する。つまり、兵事係の職員にとっては、赤紙を配るということも重要な職務の一つだったということになる。
 ところで、戦時中の体験記などでは兵士のことを「一銭五厘」と呼ぶ描写などもみられるが、これは、当時の葉書の郵便料金が一銭五厘であったことから赤紙の郵便料金に由来しているとされている。しかし、葉書の郵便料金は昭和一二年(一九三七)四月一日に一銭五厘から二銭に値上げされているので、厳密には、日中戦争期やアジア・太平洋戦争期など、赤紙が最も多く発行されたはずの時期の郵便料金とは異なる。そもそも前述のとおり、赤紙は役場の兵事係が本人に直接手渡しで配ることになっているため、郵送されることはない。
 それでは、なぜ兵士は「一銭五厘」と呼ばれたのか。日中戦争やアジア・太平洋戦争の従軍経験者の体験談などでも多く語られていることから、これは、ごく一部に限られた話ではなかったということになろう。命を惜しまずに戦う「精兵」を育てるという建前のもとに行われた初年兵教育をはじめとする、兵士の人命を軽視する陸海軍の風潮がこうした考え方につながったのではないだろうか。
 いざという時に赤紙で召集されるのは、国民兵役にある満一七歳から満四〇歳(昭和一八年以降は兵役法改正により満四五歳)までのほぼすべての男子が対象となっており、アジア・太平洋戦争末期には「根こそぎ動員」などと呼ばれるほど多くの人々が動員された。赤紙とは、かくも重いものだったのである。  (門松秀樹)
 

図3-7-コラム-1 臨時召集令状
提供:田村眞