前述のとおり地方自治法第二八一条の二第一項で、特別区の区長は「区議会が都知事の同意を得て選出する」ことになっていた。これには区長が新しく選出されるまで三つのプロセスが必要となる。一つに区議会による区長候補者の選出、二つ目に知事による同意、最後に都知事が同意した候補者を区議会で区長に選出するということである。一方、法律では議会による選任までの方法については記載されておらず、各区で様々な方法が試された。さらに、またそれも原因の一つとなって議会による区長候補者指名が長期間行えないといった事態も生じていた。
港区の区長選出としては、昭和四〇年(一九六五)から翌年にかけて区長選出のプロセスで問題が発生した。まず、小田区長の任期満了(一二月二六日)が迫った昭和四〇年一二月六日、区議会では「区長公選復活方に関する決議」が議会で可決され、この機に区長公選運動を進めるべく区長公選制度に対する議会の決意として、議長名で区民に対して七万枚のビラが配布された。さらに同月二五日には「東京都港区長の選任について」の議員提案が可決され、議員全員参加の港区長問題対策特別委員会が設置された。また議会では同月二五日に港区長問題対策特別委員会を設置したところで区長の任期が切れてしまった。そこで区長に関しては港区長問題対策特別委員会で公募の手続きが進められ、同月二八日にポスター等による周知を行い、区長候補者の公募が公示された。立候補の締め切りは翌年一月一〇日であった。