20:六本木(一〜七丁目)

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溜池谷と古川谷の間の武蔵野丘陵淀橋面に属する丘脈で、複雑な樹枝上に開析されている土地である。外苑東通りがその脊梁(せきりょう)で、溜池方面からくる谷町の谷、町域西辺南部の長坂の谷、北部四丁目辺りの小傾斜や七丁目西辺へ入る緩やかな傾斜等がある。
明治二年(一八六九)に町域の町屋は麻布谷町、麻布市兵衛(いちべえ)町、麻布六本木町、麻布南日ケ窪町、麻布北日ケ窪町、麻布龍土町などに整理され(一部に材木町、桜田町、永坂町、飯倉片町、宮村町、原宿村飛地を含む)、同三年には箪笥(たんす)町が設置された。明治五年には武家地をそれぞれの町に統合し、麻布仲之町、麻布三河台町、麻布鳥居坂町、麻布霞町などを新たに設置した。
戦前までは人通りもまばらで、明治六年に龍土町から分離した新龍土町に陸軍の歩兵第三連隊が置かれた他は一帯に邸宅が多かった。戦後には歩兵第三連隊跡地にハーディーバラックス(赤坂プレスセンター)が置かれ、駐留米軍の特殊な雰囲気があったとされるが、高度経済成長期から六本木交差点を中心として深夜まで活動する新しい町の特色が濃くなり、外国の高級店やレストランが集積する場所へと発展していった。
高級マンションやビジネスビルも増加する反面、繁華街を外れると静かな住宅・邸宅街の趣を残しており、複雑で重層的な機能と景観を持つ地域を形成した。また、六丁目西端にテレビ朝日社屋が建設された影響も大きい。一九九〇年代からの再開発によって、平成一五年(二〇〇三)には六本木ヒルズ、同一九年には国立新美術館など著名な観光スポットが続々とオープンし、六本木一丁目には泉ガーデンプレイスもできている。このように、昼夜ともに全国有数の繁華街としての色彩を保ち続けている。また、地下鉄日比谷線の六本木駅に加えて平成一二年に地下鉄南北線の六本木一丁目駅・大江戸線六本木駅が開業し、交通アクセスがさらに進歩することとなった。
区内でも大規模な再開発が密集している地域である。