昭和五一年(一九七六)には都区間の協議で調整率は前年の43%から44%に引き上げられた。この背景には前述した都区の財政の圧迫化に加え、昭和四九年度の所得税の大幅減税があった。既に昭和五〇年度後半から基準財政収入額における区民税分となる税収が落ち、同五一年度には基準財政収入額が当初見込みを下回る状況となっていた。一方、基準財政需要額を縮小させることも難しい状況にあった。そのため当初東京都側は前年と同様43%の調整率を提示してきたものの、特別区側は2%アップを提示した。最終的には都区間の折衝により1%調整率を引き上げとする措置で落ち着いた。なお、この44%となった調整率は平成一二年(二〇〇〇)の都区制度改革まで続くものとなっていた。