日本の環境政策は、公害対策基本法に拠る公害対策と、「自然環境保全法」に拠る自然環境保全の二つの領域に分かれて進められてきたが、一九九〇年代に入るとそれぞれの領域では対応しきれない地球環境問題、自動車排ガス・生活排水などに起因する都市・生活型公害への対応、廃棄物の減量やリサイクルの促進など、新たな環境問題への対応が必要となった(倉阪 二〇一四)。こうした問題に対応するため、国は平成五年(一九九三)に「環境基本法」を制定し、公害対策や自然環境保全に留まらない、総合的な環境政策を推進する体制が整えられた。公害対策から環境政策へという流れは地方公共団体においても同様であり、東京都は平成六年に「環境基本条例」を制定、平成九年に「環境基本計画」を策定している。
港区においても、平成六年に、学識経験者等による港区環境計画検討会が設置され、環境計画の検討が始まった。当時の港区議会交通・環境対策特別委員会の議事録を確認すると、環境計画の策定が必要になった背景として、自動車交通による大気汚染、騒音、廃熱の発生と、それを和らげる自然の少なさや、騒音などの生活環境の問題が挙げられている。また、都心に位置する港区は活発な経済活動から、他の地域に対して環境負荷をかけており、地球規模の環境問題に対応する責任があるとも述べられている(港区 一九九六)。公害対策から地球環境まで含む幅広い環境問題に対して、総合的で体系的な対策が必要になったという点は、まさに国の政策動向と軌を一にしている。
旧来の公害対策は特定規模の発生源(工場等)への規制を主な手段としてきた。しかし、自動車交通による大気汚染、騒音、廃熱のように、個別の影響は小さくとも都市全体では大きな影響が生じる現象に対しては、旧来の公害の概念で捉えることが困難であった。法令に基づく規制•指導のみならず、誘導的手法も含め、快適で環境負荷の少ないまちづくりを推進する際の指針として、環境に関する総合的計画である環境計画の策定を行う必要が生じた(平成七年「港区基本計画」)。
環境基本計画の検討・策定と並行して、港区では平成七年に二三区唯一の環境影響調査(環境アセスメント)を導入している。平成七年当時の港区は、バブル期前後に計画された大規模開発案件が区内で相次いで着工された時期(長谷川 二〇一三)であった。急速な業務立地化が進む中で、それに伴う自動車交通の増加による大気汚染や住居、商業・業務機能の混在地域での近隣公害など、都市環境に大きな影響が生じており(平成七年「港区基本計画」)、延べ面積5万㎡以上の建築物を対象とした環境影響調査制度が導入されたのである。都市活動が活発な港区では、従前から公害対策や緑化に積極的に取り組んでいたこともあり、新たな環境問題に対しても迅速かつ先進的な対応がなされてきたといえよう。 (小田勇樹)