福利厚生事業

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戦後復興を経たわが国経済は高度経済成長から安定成長へと大きく成長を遂げたなか、昭和四九年(一九七四)の地方自治法改正を受けて都が有していた多くの事務権限が区に移管され、昭和五〇年代に入ると区は事業計画を策定して支援事業を計画的に推進するようになった。こうした時代の変化に合わせて区の就労支援事業は新たな取組が開始された。その中の代表的な就労支援事業は福利厚生事業、内職あっせん事業の二事業であった。
福利厚生事業の主な施策は、港区立勤労青少年ホールと港勤労福祉会館の開設、港区高齢者事業団と港区勤労者共済会の発足であった。
第一の港区立勤労青少年ホールと港勤労福祉会館の開設について、港区立勤労青少年ホールは区内の中小企業に従事する青少年の「憩いの場」として、昭和四二年一月一五日に当時の麻布支所二階に開設された。この施設には談話室をはじめ、ホール、講習室、和室が設けられ、ホールでは当時、流行のフォークダンスなどが行われ、講習室では生け花の講習会が、和室では和裁と茶道の講習会がそれぞれ開催されていた。しかし、この施設は麻布支所の老朽化に伴う改築工事の実施のため、昭和五九年一一月一日に閉館された。
港勤労福祉会館は、勤労者の余暇活動、憩いの場として昭和四七年四月から都が工事を進めていた施設が都から区への事業移管の一つとして昭和五〇年四月に港区へ移管され、昭和五〇年九月一日に開設された。図11-1-2-1は会館の全景、表11-1-2-1は開設当時の使用料金表である。

図11-1-2-1 港勤労福祉会館(昭和50年)

表11-1-2-1 港勤労福祉会館の使用料金表

「広報みなと」昭和50年9月1日号から転載


この会館では中小企業のための支援施策として、港区中小企業福利厚生事業や港区中小企業ワーク・ライフ・バランス支援事業、資格取得支援講座が実施されていたが、令和四年(二〇二二)四月に勤労福祉会館は芝五丁目の産業振興センターに移転・統合している。
第二の港区高齢者事業団と港区勤労者共済会の発足について、進展する高齢化社会を背景に昭和四九年一二月に「一般雇用にはなじまないが、高年齢者がその経験と能力を生かしつつ、働くことを通じて社会に貢献し、生きがいを得ていく機会を確保する」ため、「東京都高齢者事業団」が設立され、そのモデル事業団として翌年二月に「江戸川区高齢者事業団」が発足した。これを契機に都内各地で設立が相次いで進んだ。港区では昭和五三年一〇月三一日に、働く意欲のある健康な高齢者に対し、①地域社会との連携による高齢者の希望、知識および経験に応じた就労や社会奉仕などの活動機会の確保、②生活感の充実と福祉の増進、③高齢者の能力をいかした活力ある地域社会づくりへの寄与を目的に「港区高齢者事業団」が発足した。都内二六番目の事業団で発足当時の会員数三八四人であった。図11-1-2-2は設立に向けての活動の様子である。

図11-1-2-2 港区高齢者事業団設立に向けての活動の様子

「広報みなと」昭和53年9月21日号から転載


全国的にも高齢者事業団が広がっていくなかで、昭和五五年には労働省の経費補助事業となり、これを契機に任意団体から社団法人化され、名称も「シルバー人材センター」に統一された。港区でもこうした流れに合わせて同年一二月に「社団法人シルバー人材センター港区高齢者事業団」になった。そして昭和六一年に制定された 「高年齢者雇用安定法」においては、定年退職者などの高年齢者の就業機会の確保のため、必要な処置を講ずるよう努めることが国および自治体の責務とされ、シルバー人材センターが法的に位置付けられることとなった。その後、平成三年(一九九一)四月には「港区シルバー人材センター」への名称変更を経て、同二三年四月には公益社団法人に移行して「公益社団法人 港区シルバー人材センター」となり、現在に至っている。
現在の活動状況については、二節一項を参照されたい。
港区勤労者共済会は区と事業主、従業員が一体となり、相互に助け合うことによって中小企業で働く勤労者の福利厚生の向上を図る目的として昭和六一年七月に設置された。この共済会の事業活動は、お祝いや不幸があったとき、結婚祝金・障害見舞金・死亡弔慰金などの給付金を支給する「給付金の支給」、共済会が各地の旅館・ホテル等と契約を結び、一般料金よりも安い料金で会員に利用してもらう「指定宿泊施設」、各地の遊園地・プール等のレジャー施設と契約を結び、一般料金よりも安い料金で会員に利用してもらう「指定レジャー施設」、区内の専門店・伊豆七島に就航している船舶・はとバス定期観光・釣堀・レンタカーなどが割引利用できる「指定店等の割引」、医療機関等と契約を結び、人間ドックやラドンセンター等の施設を一般料金よりも安い料金で会員に利用してもらう「健康づくり」、会員と家族の親睦を図るため、バスツアーやボウリング大会などを安い参加費で楽しめる催しを計画する「主催事業」、余暇の有効的活用のため、各種の講座を開催する「各種講座」などであった。図11-1-2-3はレクリエーション(ボウリング大会)の様子である。

図11-1-2-3 レクリエーションの様子

「広報みなと」昭和61年2月1日号から転載


こうした勤労者共済会設置の動きは他の区でもみられた。例えば、墨田区では大企業に比べ立ち後れていた中小企業に働く人たちの福利厚生面の充実を図るため、昭和六三年一〇月に「墨田区勤労者共済会(フレンズすみだ)」が設立された。