(F)地域福祉

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住民および様々な福祉組織等が協働して策定する地域福祉活動計画は、この期に第二次から第四次までが策定され、継続して取り組まれている。一方、行政の策定する地域福祉計画は、この期の後半に行われた社会福祉法第一〇七条の改正によりこれまで任意であったものが努力義務をもつこととなった。そして「地域福祉の推進に関する事項として次に掲げる事項を一体的に定める計画を策定するよう努めるものとする」として「地域における高齢者の福祉、障害者の福祉、児童の福祉その他の福祉に関し、共通して取り組むべき事項」を内容とすることが明示され他の分野別計画の「上位計画」として位置付けられた。その他には「地域における福祉サービスの適切な利用の推進に関する事項」「地域における社会福祉を目的とする事業の健全な発達に関する事項」「地域福祉に関する活動への住民の参加の促進に関する事項」の四つが定められている。前述の地域共生社会を促す法改正であり、日本の福祉政策は地域福祉型社会福祉を構想し展開されることがこれまで以上に明確に打ち出されることとなったのである。港区においては以前から区の見識により独自の福祉を進め、地域福祉の推進にも主体的であった。それゆえ大きな転換の必要はなく、これまでの蓄積を生かすこととなった。地域共生社会の政策が内包する課題について港区だからこそさらに取り組み、克服を図る営みを進める状況にあるともいえる。以下、現在に至る地域福祉の展開を社会福祉協議会を軸に概観する。
平成一二年、介護保険制度の施行に伴い、港社協は介護保険事業者の指定を受け、訪問介護事業と台場高齢者在宅サービスセンターでの通所介護事業を開始した。
平成一三年、港社協は福祉サービス利用支援センター(愛称サポートみなと)の設置、介護保険制度利用者の苦情解決のための介護相談員派遣等事業の開始、区商連の協力を得た「車いすステーション」事業の開始、同一四年にはいきいきサロン事業の開始など、複数の新たな事業に着手した。地域の子育てに関わる問題を捉え、会員制の育児サポート事業(愛称育児サポート子むすび)を開始したのもこの年である。
地域福祉に携わる主体は社会福祉協議会に限られたものではない。NPOは国内外で大きな役割を果たしている。港区にも様々なNPOがあり、わけても福祉や生活に直結するNPOは区民の生活に影響をもつようになってきていた(NPOについては五章三節参照)。その一つの実践として、平成一三年に区はみなとコミュニティハウスをNPOなどの活動拠点として開設した。
平成一四年、港社協は情報公開制度および苦情解決制度を導入した。それとともに「港社協の運営と事業展開の方向性」および「ボランティアセンターからボランティア活動センター」を策定した。
平成一五年、障害者福祉における支援費制度の導入に伴い、港社協は指定居宅介護事業所の指定を受け、障害者の在宅サービスを実施することとなった。この年、港社協は創立五〇周年を迎えた。
平成一六年三月、港区地域福祉活動計画(第二次)が策定された。同年、港社協は子育てサロン事業を開始した。六月には車いすステーションの協力を得て広報紙「みなと社協」等を入手できる「情報スタンド」を区内一四か所に設置した。区民が自ら身近な場所で情報を入手することを叶える環境づくりを既存の社会資源につないで進めたのである。地域福祉らしい実践の一つである。一一月には二三区内初めての災害ボランティア本部運営訓練を実施した。この年の一〇月に新潟県中越地震が発生した。被災地支援に職員の派遣が行われている。救援活動に携わり現地支援を行うとともに、大規模災害時の対応について学ぶことともなった。
平成一七年、高輪地区ボランティアコーナーを開設した。平成一九年には赤坂・青山地区ボランティアコーナーを開設している。平成一八年三月、港社協は区立台場高齢者在宅サービスセンターの管理運営を終了した。
平成二〇年、港社協は訪問介護事業を廃止した。前の社会福祉の改革期において事業型社協として展開を図ってきた港社協だが、介護保険制度の開始等による福祉サービスの市場化を受けて、港区内でも多くの民間企業・事業者等の参入が進み、サービス事業者としての社協の役割は一定程度果たしたと判断し、廃止・終了することとしたのである。高齢社会への対応として改革期から転換期にわたって在宅福祉サービスの開拓と普及に努め、地域包括ケアシステムの構築を進めてきた港社協は、社会状況を捉えてその運営の仕方を大きく転換させることになった。以降、コミュニティソーシャルワークを展開させる専門組織として運営を図っている。また、社会福祉事業法から社会福祉法への改正によって生まれた福祉サービス利用援助事業の積極的な展開を図り、成年後見制度を推進している。同年、障害者福祉にも関わり、成年後見制度推進事業の実施に伴い福祉サービス利用支援センターを成年後見利用支援センターへ再編した。
成年後見制度は「認知症や知的障害その他の精神上の障害などにより、判断能力が不十分であるため、法律行為における意思決定が困難な方々について、その判断能力を補い、その方々の財産等の権利を擁護する、『自己決定の尊重』と『本人保護』との調和を理念とする制度」(区広報)である。港社協が運営する成年後見利用支援センター「サポートみなと」は、①成年後見制度の相談・利用支援、②成年後見人等のサポート、③福祉サービス利用援助事業、④弁護士等による福祉専門相談、⑤普及・啓発活動、⑥法人後見事業を実施している。誰もが安心して暮らせる福祉の環境づくり、まちづくりのための方策の一つである。
平成二二年三月、港区地域福祉活動計画(第三次)が策定された。
平成二三年三月、東北地方を中心として広範域にわたる大規模な地震が起きた。津波、そして原発事故という複合災害をもたらしたこの地震は、復旧、復興に多くの時間を要した。被災地住民の生活困難は非常に厳しいものだった。港区職員、港社協職員は、被災地の行政運営、災害ボランティアセンターの運営の支援に継続して赴いた。多くの区民が災害ボランティアとして現地へ行くことや救援物資、救援募金の協力を行った。
東日本大震災より前から、二三区内で最初に災害ボランティア本部運営訓練をするなど、大規模災害に備えた取組を積極的に進めてきた港区だが、東日本大震災の経験はさらに防災と災害に強いまちづくりの必要を捉えることとなった。日頃の地域コミュニティでの区民のつながりや要援護者の見守り、福祉サービス提供主体の災害時の対応プランなど、さらにその必要と日常的な取組が意識化されるようになっている。民生委員・児童委員は災害時対応の重要な主体の一つである。日頃から様々な役割を担っているが災害時も同様であり、その時、いかに動くか動けるかについて、研修をはじめ様々な取組がなされている。
平成二三年九月、港社協マスコットキャラクター「み~しゃ」がつくられた。区民が身近に感じる存在、あるいは何か相談したいことができた時に相談先として思い浮かべやすくするための広報戦術の一つである。
平成二四年九月、港社協の事務局は港区麻布地区総合支所へ移転した。
平成二六年、港社協は創立六〇周年を迎え、一一月に記念式典・講演会を赤坂区民センターで開催した。同年、麻布地区ボランティアコーナー、芝浦港南地区ボランティアコーナーが開設された。各地区でのボランティア拠点の整備がこれによりなされたといえる(ボランティアに関しては五章三節も参照)。
平成二八年三月、港区地域福祉活動計画(第四次)が策定された。同月をもって港社協は同行援護事業、移動支援事業、ヘルパー関連事業を廃止した。
平成二九年、地域福祉推進協議会が設置された。区は港社協へ生活支援体制整備事業を委託し、生活支援コーディネーターを配置した。
平成二九年五月、日本の民生委員制度は済世顧問制度創設以来一〇〇周年を迎えた。全国民生委員・児童委員連合会は「民生委員制度創設100周年活動強化方策~人びとの笑顔、安全、安心のために~」を「支えあう住みよい社会地域から」というメッセージとともに示した。港区では定数が一五八人で、五地区(芝地区・麻布地区・赤坂青山地区・高輪地区・芝浦港南地区)に分け、地域の実状に合わせた活動を実施している(令和四年一二月現在、一三六人が活動)。担当区域を持たず児童の福祉を専門とする主任児童委員もいる。
地域の相談役として高齢者や障害者のこと、生活に困っている人のこと、子どもや妊産婦のことなどについて「悩みを聞き、ニーズを捉え、必要な情報の提供や適切な機関への橋渡し、働きかけを」「区の依頼により、ひとり暮らし高齢者実態調査・寿商品券の贈呈、ボランティア活動への参加、日々の活動をよりよいものにするため自主的に部会活動を行い、高齢者、障害者、子どものことなど理解を深める」「子育て支援として育児経験者としてのアドバイスや保護者同士が子育ての情報交換や仲間づくりをするなどの交流のお手伝いをたんぽぽクラブで」などを行っている。
平成三〇年、港区成年後見制度利用促進基本計画を策定した。同計画は「今後、認知症高齢者やひとり暮らし高齢者、障害者等の増加が見込まれる中、利用の必要性が高まっていくと考えられる成年後見制度について、制度の利用が必要な人への支援や制度の理解を進めることを目的として、港区の成年後見制度の利用の促進に関する施策の体系を整理し、(中略)総合的かつ計画的に推進する」ことを目指したものである。
社会福祉法の先の法改正は包括的な支援体制の整備を強く促している。これは地域福祉に直結したものである。今後しばらくは、包括的支援体制と重層的支援体制整備事業(第一〇六条の四)をどのように実施していくかが港区内外から注目されることだろう。
以上、国の地域福祉に関わる政策動向を背景としながら、港区における自律的な展開をみてきた。いうまでもないが、ここでの記載では十分に取り上げることのできていない様々な地域福祉につながる活動が港区にはある。例えば、昭和三三年(一九五八)に結成された港区赤十字奉仕団である。赤十字は世界的な組織で、日本でも区市町村ごとに組織されボランティア活動を行っている。港区では現在、地域防災訓練、献血の手伝い、高齢者施設でのボランティア活動、高齢者給食サービスなどが継続的に行われており、区民の福祉へつながっている。
ほかにも企業の地域貢献がある。港区らしい福祉の創造にいずれも欠かせないものである。今後ますます活発化し、様々な協働が生まれ、実を結ぶことが期待される。